【Rockman.EXEA】
何でもない冬の帰り道
「───小僧」

才葉シティの住宅街、セントラルタウンのリニアバス乗り場前で待ち合わせていた相手に。
ヒノケンは静かに声を掛けた。
伏し目でマフラーに顔を埋めた「らしくない」その姿。
だが、声を掛けられた事に気付くとヒノケンの方に顔を向け、すぐに「らしさ」を取り戻す。

「やっと来ただか、オッサン!」
「待たせたかよ」
「ンだ、結構待ってやったべな」
「嘘でも"今来たところ"とか言ってみろよ、ちったぁ可愛げあるなと思ってやれるだろが」
「オッサンに、そげな可愛げとか見せる必要無ぇだ…とか話スてねぇで、サッサと帰ンべ」

歩きだそうとするアツキの耳に目をやるヒノケン。
既に辺りは暗く、街灯が照らしだすピアスの揺れる耳たぶは、ほのかに赤みが差している。
電脳世界での炎研究発表の追い込みの為、アツキの手も借りるべく今日は一緒にヒノケンの家へ帰宅する事にし、帰りの待ち合わせをしたのだが。
学園のパソコンから研究データを移す作業が思った以上に手間取り、想定したよりもアツキの事を寒空の下で待たせてしまったらしい。
そう、今日は───才葉シティにしては。

「スっかス、今日はそこそこ冷えて寒いだなや」
「お前が寒いとか言うと、明日辺りウェザーの奴がぶっ壊れて真夏日にでもなりそうだな」

東北育ちで冬の寒さ慣れしているアツキには、才葉の冬など寒くないというのがお約束。
しかしそんなアツキでも気温が低いと感じられる一日で、特に日が落ちてからは一気に冷え込みが進んでおり、会話の度に舞う息も白く。
マフラーを巻いたのは正解だろう。
クリスマスの際、まさかの色違いを贈りあってお揃いになってしまった二人のマフラー。
互いの冬の学園の装いに、よく馴染んでいて。

「ウェザーくんっちゅうたら、今日は中華まんの日だとか今朝の天気予告で言っていたべ」
「やたらある記念日ってヤツか、中華まんねぇ」
「今日はニホンで最低気温を記録スた日だから中華まんで温まるべって、そンな理由だと」
「中華まんの必要性あるのかソレ」
「同じ理由でホットケーキの日でもあるらスぃだ」
「……そうかい」

呆れた様子のヒノケンを余所に。
ウェザーくんの話題を語るアツキは何故か楽しげ。
実のところ決めていたのだ。
もうすぐ、ヒノケンと並び歩く先には新作の中華まんが発売されたばかりのコンビニが。

「ちゅう事でオッサン。あスこのコンビニで、オラを待たせた詫びに中華まんを買うべな」
「はぁ?何で俺が…っつうか、帰宅前に寄り道の上に買い食いをするんじゃねぇよ、小僧」
「寒空で待たされただなー、風邪ひくかもスれね」
「…お前は風邪ひきそうにねぇだろ。……ちっ、しょうがねぇ誰かに見られる前に選べよ」
「心配無ぇだ、決めとるから」

に、とアツキはヒノケンに笑みを向ける。
それを見たヒノケンは、単なる思い付きではなく計画していた事だと悟って肩を竦めるも。
寒空の中で待たせてしまったのは事実。
撤回する事はせはず、周囲の寒さ暗さに対して店内の照明を輝かせて立ち寄りたくなる、アツキお目当てのコンビニ内へ二人で入店した。

「それで?中華まんっつっても…普通に豚まんか?」
「いンや、オラは新作のチーズカレーまんがイイだ」
「へいへい。…そんじゃあチーズカレーまんとかいうのと。普通の豚まんを一つずつくれ」
「チーズカレーまんお一つ、豚まんお一つですね!」

入店するやレジに直行し。
中華まん専用のケース内に目を向けると、丁度補充が済んで出来たてのところだったのか、定番から新作まで売り切れは無く並んでおり。
アツキの希望を聞くと、ヒノケンは店員に二種類の中華まんを注文してPETを取り出す。

「何ね、オッサンも買い食いスるンでねぇの」
「一個許しちまったら二個も変わらねぇからな、お前だけバクバク食ってるのも癪だしよ」
「ふふン、共犯っちゅう事だなや」

アツキと話しながらPETで支払いを済ませ。
中華まんを受け取ると、すぐコンビニを後に。
もう少し明るい店内に居たかった気もするが…まだ帰り道だ、それならば早く二人で家へ。
その為の中華まん、なのかもしれない。

「ほらよ、小僧の分」
「ン。…へへ、イイ感じにあったけぇだ」

家路を再開し、中華まんをアツキに渡す。
カレーまん系統だと想像出来る黄色い包みを受け取ったアツキは、包み越しでも感じられるほこほことした熱具合を指先に感じ、上機嫌。
包みを広げてご対面すると、湯気がふわふわ。

…はぐっ…もく、もむ…

「…おー、こっれは当たりだなや!ちっと辛めのカレーだけンとチーズで程良くなっとる」

一口、具までしっかりと口に入れ。
味わうアツキの機嫌は更に上向いた模様。
実際に気に入ったという事もあるのだろうが、冬の寒い帰り道だからこそ中華まんを買い食いするというシチュエーションが、余計に盛り立てたのも有る筈。
ともあれアツキの新作チャレンジは大成功。

「オッサンも早く食べるだ、オラだけ買い食いで後から小言をぬかスとかは無スだかンな」
「そんな細けぇ事は言わねぇ…っ、が!」
「な、なンね!…って。…ぶ…ぶははっ!眼鏡が真っ白になッツまっとるでねかオッサン!」
「ンな笑うんじゃねぇよ!…ちっ…」

ヒノケンが包みを開いたと思ったら、予期せぬ声に何事かとアツキが目を向けて見れば。
学園時に掛けている伊達眼鏡が湯気で曇っており。
どうやらヒノケン自身、掛けたままな事を忘れて湯気に襲われ、思わず声が出たらしい。
思わぬ失態をアツキに見せた眼鏡を外し、無かった事にしてしまう様にポケットへ隠す。

「……ったく…」

まだ隣で愉しげなアツキの相手はそこそこに。
取り繕うよう、ヒノケンも豚まんを一口。
アツキに笑われてしまう原因を作った豚まんだけれど、寒さの中での熱い食べ物はやっぱり沁みて、もくもくと湯気を纏い食べながら歩みを進める。
こんな帰り道も悪くはない、か。

「……」

ちらり、ヒノケンがアツキの事を盗み見ると。
まだ立ち上る湯気の中、マフラーの奥で中華まんを味わい食べる当たり前のアツキの姿。
その横顔に街灯の光が当たり、お気に入りの何時ものピアスが煌めいて思わず目を細め。
不意に思い出す、待ち合わせの光景。
物憂げな「らしくない」表情で待つアツキの横顔。
沈んだ様子に見えて、つい心配してしまい。
ヒノケンこそ「らしくない」静かさで声を掛けてみれば、自分に気付いたアツキはピアスの煌めきに負けぬ程の明るさを持った顔を向けてきて。

まるで。
特別なデートの待ち合わせみたいに思えた、なんて。

「(…そんなん、コイツに言えるかよ)」

だって、そう。
ただの何でもない帰り道の───筈だから。
冬の焔に少しばかり焦がされてしまっただけだ。
不覚にも。

「……へっ。…小僧」
「何だべ?オッサン」
「今日は結構、遅くまで掛かりそうだが大丈夫かよ」
「研究の発表前は何時もの事でねか、分かっとるだ」
「…ああ、そうだったな何時もの事だ」

何処か自分に言い聞かせる様なヒノケンの返し。
確かめる為にアツキに何時もの事を聞いたのだろう。
きっと、これも、そうだから。

……スッ…ぐいっ!……きゅ…

「!……オッ…サン…」

中華まんを食べ終えてコートのポケットに入れようとしていたアツキの手を、ヒノケンは何も言わずに取ると、指を絡ませながら自分のコートのポケットに引き入れ軽く握り寄せた。
互いに手袋はしていない、直の熱が指先同士で伝わり。
もっと何かを言い掛けたアツキだが、言葉を飲み込む。
代わりに───絡められた指先を、仕方がないから受け入れてやって深く繋ぎ合わせて。
恋人繋ぎ、だとか。
ポケットの中で見えないから気付かないふりをして。
それが二人にとっての、何でもない冬の帰り道。

■END■

◆作中に書きましたが1月25日は日本の観測史上・最低気温を記録した事に因み、温かい物を食べようぜ中華まんとか!という日なので(意訳)
そんな冬の一幕なヒノアツを。
自分の中では【クリスマスも何時もの二人】の時に贈りあった、色違いのうっかりお揃いマフラーを普通に付けて並び帰っている絵を想いながら書けて。
それこそ何でもないお話だけれども、そういう様子のヒノアツも良いんだよなぁー!とか思いながら書けた、お話になりました(*´∀`*)

2022.01.25 了
clap!

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