【Rockman.EXEA】
春風に誘われ揺れるは炎
───…スリープモード解除…データチェック…
…12%…35%…62%…96%……complete!
─…新着:メッセージ1件…

『……って…いけねぇ、何時の間にか寝ちまったな』

目を覚したファイアマンは、電脳世界…ではなくて、擬人化プログラムを実行して現実世界で実体化したまま、うっかり寝落ちていた事を確認する。
今日は春らしい麗らかな陽気の一日。
人間であるなら午後の昼寝に興じたくなりもする誘惑は、ナビであっても同じという事か。
休日でもある為、昼食をヒノケンやヒートマンやフレイムマンと共に現実世界で済ませ。
後片付けを終わらせ午後のまったりとした時間が出来た事から、リビングのソファで一息付き…そのまま、スリープモードを発動させて眠りこけてしまった。
まだハッキリと起動していない思考プログラムを巡らせながら窓の外を見れば、明るい昼間の陽光であり長く眠っていた訳では無いだろう。

『…ん、新着メッセージってのは…ヒート?』

全身のプログラムがおおよそ立ち上がったところで。
ファイアマンは、ヒノケン宛てではなくて自分に直接宛てられたメッセージが新たに届いている事に気付き差出人を見れば、そこにはヒートマンの名前。
何をわざわざと思いながら開いてみると。

”気持ち良さそうに寝てっから、俺はフレイムと一緒に散歩に出掛けてくる事にするぜ兄貴”
”フレイムの事は俺に任せてくれよ”

”だから…オヤジの面倒は、兄貴に任せたからな”

『ヒノケン様の面倒はって…アイツ』

昼寝をしてしまっていたのだから、出来る筈は無く。
それでいてヒートマンとフレイムマンは出掛けてしまっているのだから、ヒノケンの事をナビ三体揃いも揃って放ってしまっている事になり。
何を考えているんだと憤ったが、先ずはヒノケンの様子を見に行かねばと立ち上が───

「……んが…すー……」
『えっ…ひ…!(…ヒノケン様…?!)』

勢い良くソファから立ち上がろうとしたのを留めるファイアマン、起きてすぐ窓側に顔を向けてしまったし、擬人化時の身体の感覚プログラムが行き渡っておらず気付かなかったが。
感覚が機能して感じ取った、寄り掛かる重み。
併せて聞こえた寝息の正体は…自らの主。
驚いて大声を上げそうになるのを堪え、眠っている事を即座に判断して心の中で名を呼ぶ。

『(い、何時の間に隣で眠って…!)』

自分の肩に頭を寄せて眠る主に息を呑む。
状況を理解した瞬間から、ファイアマンの聴覚プログラムはヒノケンの寝息だけを感知し。
感情を形成しているデータの急激な流れは、ナビには無い筈の心音の如きを奏でる様で。
ココロに宿す、主から与えられた炎が激しく揺れて。

『(…ヒートの奴。ヒノケン様の面倒を頼むとか言ってきたのは、この状況を見たからか…)』

徐々に現状を受け入れ、炎の揺らぎを抑え。
何故ヒートマンが眠っている自分にヒノケンの事を頼んできたのかまで、察して理解する。
主まで春眠に誘われていたのだから。

『(…パソコン…もしかして元々は、研究作業を行うつもりでリビングに来られたのか?)』

落ち着いてきたところで、ふと。
テーブル上にヒノケンのノートパソコンが置かれていて、電源も点いている事に気付く。
研究作業の途中で寝落ちてしまったのだろうか。
大切なデータの保存は大丈夫なのか気になり、決してヒノケンを起こさぬ様に注意を払いつつ、そっとパソコンの画面を覗き込んで見ると。

『(……なっ…俺のデータ…?……スリープモードに入っている間に、メンテナンスして下さったのか…そういや、何だか処理が早くなっているな)』

よく見ればノートパソコンには有線でファイアマンのPETが繋げられおり、擬人化プログラムを実行している時の状態に問題はないかチェックを行い。
より良いプログラムへの変更も行っていた様子。

『(…ありがとう御座います、ヒノケン様)』

当たり前のメンテナンスかもしれないが。
ファイアマンは…後から出来たヒートマンやフレイムマンのスペックに比べ、自身は一歩譲る部分が有る事を悔しいが理解している。
しかしそれでも弟達との関係が良好でいられるのは、こうしてヒノケンが…勿論ファイアマンだけではなく三体のナビに対し「己の炎」として気に掛け、扱いに差を作らぬ姿勢からで。
感謝の想いを抱いてパソコンを覗き見るのを止めたファイアマンは再びソファに背中を預けると、寄り掛かるヒノケンの寝息を聞きながら静かな時を。

「すかー…っ…すーっ…」
『(…よく…眠ってらっしゃるな。この陽気もあるんだろうが、疲れも溜まっているのか)』

才葉へ来て生活様式が変わり、時は経ち。
学園の教師にリンクナビの授業、それに新たな目標として掲げた電脳世界での炎研究と。
今までとは別種の多忙さにも慣れたものだと何かの折にヒノケンは言っていたものの、やはり精神面も含めジワジワと疲れは蓄積していて。
今日は…主を好きなだけ眠らせておく事が、仕えるファイアマンにとっての最善だろう。

『(……ヒノケン様…)』

自分の肩を、身体を頼りに眠る主の寝顔。
逸らさねばと思えば思う程に見詰め、記録の中に焼き付け保存しようとしてしまう焦がれ。
…主への尊敬が恋慕に書き換わっていると気付いた時、ナビとして適切な距離を保たなければならないとファイアマンは言い聞かせた。そんな事を思う時点で、手遅れだというのに。
それでも、だとしても。
知られたら…ナビとして傍には居られない筈だから。

───しかし、ヒノケンは。

ファイアマンの恋情の炎を受け入れ。
主従である事も存在の違いも有る事を理解した上で、ファイアマンが抱く炎ならば等しく自らの炎であるとして…ファイアマンのココロに生まれた火種を潰えさせる事はしなかった。
仄かな灯火の様な、静かに揺らめく恋の炎。
燃え盛る如きが恋なのだと勝手に空想していたカタチとは全く異なるが、そんな小さな炎がファイアマンのココロで決して消える事無く灯り。
主の炎に寄り添い遂げる決意の炎。

ただ、炎は時に───風にうねり揺れる事も。

『(……何を考えてんだ俺は。ヒノケン様が無防備に眠っているからってよ…だからって…)』

寝顔を見詰め、募らせる想い。
ファイアマンのココロに凪ぎ吹く春の風は炎を揺らし、恋情の証を想い人へ贈れと囁いて。
証、とは。
ヒトのカタチを成して触れる事が出来ているのなら、敬愛と恋情を込めて貴方へ贈れる事。

……ちゅ…っ…

『(……ッ…や、やっちまった!い、いや頬!頬だからセーフ!…いや頬でもダメだろが!ヒノケン様が寝ているのをイイ事に、何をしてんだ俺えぇぇえ!)』
「何だ、頬なんかで満足するのかよ」
『えっ……はっ、はぁぁああ!?…ヒ、ヒノケン様っ?!』

ヒノケンの意思・意識を伴わずに初めての口唇を奪い口付ける、という事は避けたものの。
それでも、春風の囁きにファイアマンの感情プログラムは惑い…眠る主の頬へ口唇を贈り。
自分が何をしでかしたのか我に返ったファイアマンは、けれどヒノケンは起こすまいと声は出さずに内心で猛省の叫びを上げたが。
不意に何事も無かったかのように普段通りにヒノケンから話し掛けられ、落ち着かせようとしていた感情プログラムは再び大揺れに揺れて乱れる中。
ファイアマンがヒノケンを窺い見ると、片目を開けて笑む表情が見え。まるで悪戯の成功。

『ずっ…ずっと、起きて…?』
「いいや、確かに寝ていたさ。ついさっき迄はな」
『…そ…そうですか…』
「お前のガタイは俺が寄り掛かってもビクともしねぇから落ち着くし、やっぱり体温も高くて心地イイもんだから、ぐっすり寝ちまっていたぜ」
『そっ、それは…役に立てて良かった…ですが…』

しどろもどろなファイアマンとは違い、起きたヒノケンは今もファイアマンに寄り掛かる。
先程の事を気にしていない、そんな様子。
つまりそれは───

『…あの、ヒノケン様』
「ん?何だ?」
『俺…では、ヒノケン様のココロは動きませんか…』

何を言い出しているのかとファイアマン自身で思うが、余りにもヒノケンの態度が平然としている事から…不安になったのだ。
恋をしているのは、やはり自分だけなのかと。
もし自分に心音があったのならば、きっと早鐘の如く鳴っているだろう。でもヒノケンは。

「んな事は無ぇよ、わりとバクバクいってやがる」
『…えっ、あ…』

スッ…
…トクトクッ…トクトク…ッ…

するりとファイアマンの手を取り、自らの心臓に近い胸の辺りにヒノケンが寄せてやれば。
手のひらには、すぐさま鼓動が伝わり。
持ち得ないファイアマンでも…解る、この高鳴りは。
恋している相手だからこそ。

「な?スゲェだろ」
『…はい、ヒノケン様。その…嬉しい、です』

早い鼓動がファイアマンのココロを成すプログラムに伝わる度、自らも奏でている様で。
想いが、気持ちが、炎が、シンクロして。

あなたに もっともっと───ふれたい。

『ヒノケン、様。…俺は…頬なんかじゃなくて…』
「へっ…そうだよな。俺のナビが、あれっぽっちで満足するとか…俺が許してやらねぇよ」

トクンと、またひとつ強くヒノケンの胸が鳴る。
僅かに双眸を細め笑んだヒノケンは、自分の胸元にファイアマンの手のひらを置かせたままファイアマンの首に軽く腕を回して顔を寄せ。
望んでおいてからに緊張した硬い表情でいるファイアマンを挑発する様、にいっと何時も通りに口角を上げて見せると静かに眼を伏し、トントンと指先でうなじを軽く叩いて急かす。

はやく おまえの「ほのお」に───ふれたい。

『……ヒノケンさま……』

"あいしています"、までは紡げなかった。
その前に重ねてしまったから。
或いはファイアマンの手のひらに伝わり続けている鼓動が一層に早まり、掻き消したから。
とてもとても…拙くて、うぶな口付け。
それでも精一杯の敬愛と恋情を、貴方へ。


寄り添い触れ合う、ふたつの炎は。
恋を祝福するかのように吹いた春風で、ひとつに。

■END■

◆2001年3月21日の初代発売日から21周年!
という事で1年振りに再び炎組主従の恋模様を書いてみました、初ちゅーまで進展したぞ。
もっと書きたい気持ちはあるのですが、どうしてもヒノアツの方を優先するので…しかし初代の発売記念日ならヒノアツよりも炎組ですよね(*´∀`*)
今の自分が思う炎組は、精神的にはヒノケン×ファイアが大前提だけれども表面的には左右固定が無いか何ならファイアの方が左っぽい。という感じで。
もう何番煎じだよってネタを敢えて土台にしてみた中で、そんな関係性をしている炎組の雰囲気が出ていたら良いなぁと思います。

2022.03.21 了
clap!

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