【Rockman.EXEA】
猫と一緒にバスタイム
───チャポン…
ブクブクブク…シュワシュワシュワ…

「…おお〜…今日のバスボムも良い感じだなや!」

透明なお湯が、まんまるカラフルな球体を投入された途端に色を変えながら弾け、浴室内にとても良い香りが広がり始めた事でアツキは歓声を上げる。
バスタブを、まるで魔法を見る様にして見詰め。
猫耳と尻尾は少し興奮した様に、ぴこぴこゆらゆら。

「すっかりバスボムが気に入ったみてぇだな」
「ンだって、シュワシュワだス楽スぃでねぇか」

話し掛けたヒノケンの方には顔を向けずに応えてきたアツキに、ヒノケンは呆れとほんのりとした寂しさを感じ取ったものの、心から嬉しそうなアツキの声に。
"まあ良いか"といったところ。
そもそもヒノケンには、バスボムを使うような趣向は無かった。それが使い始めた切っ掛けというのが…アツキがお風呂を苦手としていたからで。
時々こうして一緒に入っていたのだが、最低限の身体や頭を洗うだとかはしっかり済ませるけれど、ゆっくり湯船に浸かる事は無く、そそくさとヒノケンよりも先に上がってしまう。
何かアツキの気を惹き、もう少し長く一緒のバスタイムを過ごせる方法はないだろうか?
そう思い、辿り着いたのがバスボム。
炭酸のシュワシュワに良い香り、それらに加え。

……プカ…プカ…

「おっ、浮かンできたべ!」

バスタブを見詰めていたアツキの前に現れた物。
ソレはヒノケンからすれば小さなフィギュアだが。
アツキには、まるで大きな宝物を見付けた様。
フィギュア付きというワクワク感も、どうやらアツキの気を惹く事に一役買っていて、自分と同じ真っ白なウサギのフィギュアをアツキは湯から取り上げ、バスボムの空き袋を見る。

「…コレとコレと…コレも…出とるから…」

バスタブの隅に自然と出来たバスボムから出てきたフィギュアのコーナーと、空き袋の裏に載せられている出てくるフィギュア一覧を、交互に見るアツキ。
そこで、ある事に気付いた。

「…もスかスて…今日のでこのシリーズばコンプなンでねか?ちゅうか、ダブらねぇで揃っただか…?…ふ、ふーン…やるでねかオッサン…」

フィギュアの種類の総数と、このシリーズのバスボムを使った個数が同じでフィギュアがダブらず綺麗に一つずつ出ている事を理解し。
ヒノケンの方を見て、ちょっとだけフィギュアの引きの良さに"スゴい"という想いを見せ。
もう一度だけフィギュア群と空き袋の一覧を交互に。

「…珍しく賞賛されたトコロだけどよ、箱買いするとコンプが出来るってヤツだと思うぞ」
「な、何ね!褒めたの返スだオッサン!」
「お前が勝手に結論出して言い出したんだろが」
「む〜…とにかく、そげなのは先に言っとくだ!」

別に損では無いが損した気分のアツキだけれど。
フィギュアコーナーに白いウサギも仲間入りさせてやると、コンプリートした完成形を目にして達成感が湧き上がり、尻尾をゆらりと揺らして口元は笑む。

「さて、そろそろ入ろうぜ小僧」
「え、あ、そだな」

バスボムが溶けてお湯の色が変わったお風呂へ、ヒノケンが先に湯に入って足を伸ばすと。
アツキにも入るよう促し、促されたアツキはヒノケンに背を向ける形でそろりと湯に浸かり、身体を完全に預ける程ではないが軽くもたれ掛かる。

「ふ〜…良い香りだなや…それに、やっぱス全種類が揃っとるのも気分が良いモンだべな」

改めて全種類キレイに並べたフィギュアに目を向け。
背を預けられているのでヒノケンには残念ながら見えないが、アツキはきっとニコニコ顔。
浴室内にふわふわと広がる香りも気に入り、堪能するかのように大人しく浸かる様子は明らかに以前のソワソワした入浴とは異なっていて。
ヒノケンとしても一緒のバスタイムを増やす事に成功し、内心では喜びに満ちていて。ぴこぴこと動き続けている猫耳に、思わず目を細め微かに口角を上げた。

「…な、オッサン」
「どうした?」
「箱買いスたらばコンプっちゅう事は…今日で今のバスボムは無くなッツまったンだか?」
「まあそうだな。…へっ、何だ次のを買ってもらえるか心配してんのか?子猫ちゃんはよ」
「べ、別に心配とかでねっ!単に聞いただけだべ」

何時もの意地っ張りでアツキは答えるけれども。
強がりの声色、本当はまた買ってきて欲しいのに素直に言えなくて"しまった"が含まれ。
とはいえヒノケンの言い方も言い方。
当然、わざとでありアツキの反応を愉しむ為。

「へっへっ…ま、俺もそれなりに気に入ったしな。また違う種類のを買っておいてやるさ」
「…今度も、フィギュアが入っとるヤツだか?」
「そこらはどんなのが有るのか見てみねぇと分からねぇけどな。…ああ、入っているフィギュアの種類に希望でも有るのか?小僧」
「いや…フィギュアは…何でも構わねっけど…」

何故か少々、歯切れが悪くなるアツキの返事。
けれども、フィギュア"は"という表現には他の希望なら有るという事を意味しているに違いない。そう理解したがヒノケンは敢えて黙り、アツキから明言してくれるのを待ってみる。
じっと湯に浸かる時間の中、アツキは…ぽつりと。

「…こンくらい、お湯が濁るヤツがイイだ」
「何だ、ヤケに口篭ったりしているから相当な事かと思ったら、それだけかよ。…それも使ってみなけりゃどのくらい色が付くか分からねぇが…基本、この程度の色にはなる筈だぜ」
「…そなンだか?なら、オッサンに全部任せるべ」

余程の希望なのかと構えたヒノケンは、アツキの希望を聞いて少しばかり拍子抜けしたが。
大層な事では無くて良かったとも捉えられ。
次のバスボム選びの選択の幅は狭まらないだろう、これでこの話は終わりに。…しようとしたところで、ふと単純な疑問がヒノケンに浮かぶ。

「つうか、そんなに濁り湯が好きなのか?」
「えっ!…い、いや、そンの…スキっちゅう…か…」

ヒノケンの問いにピョン!と立つ猫耳。
そんなに動揺させる事を聞いたつもりは無い、猫の事だから単純に透明なお湯に色が広がる様が面白いだとか、そんな返事で済む事だと思っていた。
だが、この反応は。
アツキなりの本当の理由が有ると示すようなモノ。

「…ふ〜ん…スキ以外の何だってんだ?」
「…ッ…」

適当に「そうだスキだ」とでも答えてしまえば良かっただろうに、誤魔化し下手な猫は隠し事が有るのだと悟られてしまい。はっ、と気付いた時にはヒノケンの腕がアツキの身体へ。
逃さぬようにして口唇を耳元に寄せて囁き問う。
こうなってしまったら隠しても無駄だと解っている。
観念したらしいアツキは、とても小さな声で。

「……お…お湯が濁っとれば、オラとオッサンの身体が見え難くなっから…お風呂場みてに明るい場所で裸見ンのも見られンのも…まだ、恥ズいっちゅうか…」
「……は?待て、お前…風呂ギライじゃねぇのか?」
「オラはどっちかっちゅうたら風呂はキライでねぇだ。…だけンと、オッサンと入るンはその…ええい!もう理由は分かったべ!もうこの話は…どわぁあッ?!」

ザパァッ!わっしゃわっしゃ!

「濡れる!髪が濡れるだ!何スるべオッサン!」
「どうせ洗ってやるから同じ事だろ。へっへっ…」

ヒノケンと一緒に入る時は先に上がってしまっていた真相を、アツキが話し終えるや否や。
アツキの身体を捕えていた腕が解放された、と同時にかなり手荒に頭を撫でられ始めて。
急な展開に何がなんだかといったアツキだけれど、返るヒノケンの言葉と撫でる手からは荒っぽいが可愛いモノに対する想いが爆発しているのが伝わり。
ウブな猫のココロへの愛しさ。
その勢いのままに数度のキスを猫耳へ落とされ、くすぐったさにふるりとアツキは震え。
言うんじゃなかった、と。そう思いながらも。

「ま、少しずつ慣れるこった。…それまでは、色んなバスボムを試しながらゆっくり風呂に入る事にしようぜ。…風呂上がりも一緒がイイからな」
「……ンだな、オッサン」

今度は優しくアツキの身体を抱き締めるヒノケン。
猫だって、こうしてゆっくり"一緒"が良かったから。
ちゃんと話して、解ってもらえて。
言うんじゃなかった、は。お湯にじんわりポカポカと浸かる中で次第に何処かへ消えて。
濁り湯の中、嬉しそうに猫の尻尾が揺れていた。

■END■

2022.06.18 了
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