衝撃的な発言より三日経った放課後。何故かタイミング良く風邪をひき、熱を出した。ラジオにハマって髪を乾かすのを、忘れていたからだろうか。深夜ラジオのパーソナリティさんが、喋るのが上手いのかいけないのだ。あんなに面白いのを、放って寝るなんてできない。言い訳を並べつつも、俺はベッドの中でラジオのことよりあいつの告白が気になっていた。あいつのことだから、俺が心配なんてしなくてもいいのは、すげー分かってんだけど。
母さんは(そんな馬鹿なことして風邪ひいたのに)ただただ看病してくれた。あったかいお粥は味があるはずだが、味覚がやられて食べることすら辛かった。しんどい。
起こされて、食べて、薬を飲む。夕方にはだいぶ熱になれて、携帯をぼーっと眺めるくらいには回復した。そこでやっと山のように届いていたメールに気付く。獄寺君、山本、京子ちゃんに黒川、コロネロまで、お見舞いメールをくれた。そして、一番新しいメールには、あいつのそっけないメール。
「今日、行く。か……はは」
なんだよ。嬉しいなあ。なんだかんだ、一番心配してくれるんだよなあ。俺には優しくて、さ。
そのメールに「待ってる」と返す。まあ、もうすぐ来るんだろうな。そんな気がするから。
「来たぞ」
「ふはっ」
「……ツナ、分かってるけど吹くな」
「だって、笑える……っく」
予想したタイミングぴったりに毎回人が現れたら、笑えるんだもん。こればっかりは無理だ。
ため息吐きつつもいつものことだから、あいつはベッドのそばに椅子を持ってきて座った。
「味覚、やられてんだって?」
「あー、うん。熱高かったから」
「見舞いにゼリー持ってきたんだが、下がってからにすっか」
「ありがと。母さんに渡しといて」
「分かった。明日は来れんのか?」
「明日、無理だと思う」
この熱の高さから、無理そうだと言った。まあ、中途半端に学校に行ってうつしても申し訳ないし。
うーん……眠い。
「ごめ、眠い……う」
「明後日、迎えに来るな」
あいつは俺の頭を撫でて、寝るのを催促する。その優しさに誘われるまま、俺は眠りに落ちていった。
明くる日は予想通り学校にはいけなかった。熱は下がって味が分かるようになったので、昨日のお見舞いに貰ったゼリーをつつきながら、あいつとメールしていた。
「練習、どうだった? っと」
「あら? メールしてるの?」
「うん。昨日のお礼もあるし」
送信ボタンを押す。バンドはあいつがボーカルをやるらしく、とりあえず学祭を目指して練習しているとこの前聞いた。俺は時々練習状況を聞いて、コロネロとスカルの様子をうかがっているのだ。あいつは無意識でハードな練習をするときがあるから。
返信がくるまで、またゼリーをつつく。林檎の果汁たっぷりのそれは、俺の体を甘さと冷たさで癒やしてくれる。薄い透明感ある黄色は、つつく度にぷるんぷるんと揺れる。
「おいし……あ」
ゼリーを楽しんでいると、バイブがメールの返信を伝える。相変わらず、早い返信だ。
「んー……『まあまあだぞ。ゼリー、どういたしまして。明日は来れるか?』か」
大丈夫!もう元気だよ。と返して、手元のゼリーを見る。結構大きいゼリーだったのに、もう一口分だけになっていた。ちょっと寂しいなあ。ぱくんと最後のゼリーを口の中に収めた。
また、自分で買おうかなあ。でも、次のゼリーとこのゼリーの価値は、全然違うような気がした。
「変なの」
何が変なのか分かんない。変だけど、変なのか分かんない。まだ熱ボケしてんだろうか。早めに寝よう。
「あり……メール」
なんだよ。といいつつ開く。
「明日、待ってろ……? どういうことだ? あ、コロネロも」
そのメールを開いて、俺の眠気は去ってしまった。
「好き、だ……って、え、え」
ただ一言刻まれたメール。友達、のコロネロからのメール。嘘でも、冗談でもないメール。
どういうことだ。俺は未だに熱ボケで夢を見ているのか。もう、なんだよ。なんなんだよ。なんで、このタイミングなんだよ。あいつと、離れろって神さまからのお達し?甘え過ぎなら直すから、俺の小さな幸せくらい、ぐしゃぐしゃにしないでくれよ。
わからないぐしゃぐしゃにされた感情に従って、俺は携帯に登録されたあいつの番号に電話した。困ったら、あいつを頼る。俺のヒーローみたいなやつで、そばにいて欲しくて、そして、幸せ者の好きな人がいるあいつ。二、三回目のコール音の後、あいつの低い声が俺の耳に届いて、安心した。
「もしもし?」
「り、ぼ……俺、どうしよ」
「どうした? お前ん家行くか?」
「来ないで、聞いてて」
心配したあいつは、俺の家まできて話をしようと言う。俺なんかにここまで尽くすんだから、未来の彼女ってやつは相当良い人だ。こんな、優しいやつを独占できるなんて、羨ましい。
そこでストンと、理解した俺の感情。なんで、今、分かってしまったんだろう。神さまはとことん意地悪だ。
「俺、ね。告白、されて」
「……え」
「好き、とかまだわからないけどさ。向き合って、みようと思う」
「そう、か」
俺は電話の向こうで動揺してるあいつに、ひどく嬉しく思った。あいつの中で、俺は大きいんだという勝手な喜びによって。
「明日、さ。その人と学校行こうかと、」
「なあ」
「なあに?」
用件を言ってるときに遮られ、あいつの言葉を待つ。
「もし、俺がお前を好きだって言ったら、どーする?」
「は? 何言って」
「お前は、俺を選ぶ。違うか?」
何を言って、そんなの答えは決まってる。常識で考えたら有り得ない。その常識を覆していくお前だから、素直に答えたかった。
嘘つきなうさぎは、お前のために嘘を吐くよ。
「さあ、分からないよ。じゃあ、明日は迎えに来ないで良いから」
一方的に電話を切って、空になったゼリーを片して部屋に籠もった。ベッドに潜って携帯を見たけど、メールは一通も来ていない。相変わらず馬鹿だった。
コロネロにメールを打つ。もちろん応えるつもりも、明日一緒に学校へ行くつもりもない。でも、応えられなくてごめん、俺を好きになってくれてありがとう、の気持ちを込めて。
送信をポチっと押した。コロネロの返信は読む気になれないと思ったから、とにかく風邪なんだからと、自分の世界に逃げ込んだ。
俺は、一番弱虫だった。
___to be continued
本気って、嫌になるくらい今をぐしゃぐしゃにしてくんだな。
2011/11/17 睦月拝
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