お隣さん、とは親同士が仲良くなる。そんな繋がりが薄れてしまった時代にも関わらず、ここらの地域は妙に結束が強く、それに従って、そうでもなければ決して馴れ合うことはなかっただろう奴と、幼馴染というやつをやっている。高校生になった現在でも、だ。
 あいつはもうムカつくくらいなんでもできるし、推薦でも取って進学校へ進むとばかり思っていた。しかし、家が近いというだけで俺と同じ公立に入り、事ある毎につるんでいた。今日も、テストの結果発表が貼り出されたが、あいつは堂々と一位だった。俺は、というとそんな幼馴染に才能をすべて吸い取られたかの如く、何をしても平均以下のダメ人生を歩んでいる。ただ、一つを除いて。今日はテストの結果発表も終わったことだから、と久しぶりに楽しみに行こうかと荷物をまとめていた。

「おい、帰るぞー」
「リボーン」

 ああ、ちょっと手間取ってしまったか。いつも通りに帰ろうと幼馴染が来てしまった。ここで断ると、変に思われると困る。しかたないから、一度帰ろう。つい先ほどまとめ終えた鞄を持った。

「お待たせ。帰ろうか」
「ああ」

 いつも通り、の帰り道にあいつは年頃な話を振り始めた。最近、周囲で色恋話が絶えないからだろう。A組の冬下さんがD組の木村と付き合った、だとかいう他人の話は、次第に自分たちの事情にシフトしてきた。

「ツナは、そういうのどーなんだ?」
「まあ、それなりかなー」

 どうなんだ、との質問に素直に答えはしない。付き合ったことがないわけではなかったが、俺はどうもそういううことに向いていないらしかった。告白されたりしたりもしたが、いいお付き合いというものをしたことがなかった。
 そういうお前は、と聞くと耳を疑うような言葉が返ってきた。

「興味湧かねえから、付き合ったりしたことねえぞ」
「……はい?」
「告白はされんだけどな。ありがたいが、好きになれそうになかったから全部お断りしたんだぞ」
「意外と、律儀だよね。リボーンってさ」
「失礼な奴だな。俺は一途なんだよ」

 幼いころからこいつを見てきたが、眉目秀麗なこいつは人に囲まれて幸せそうに見えるが、意外と融通が利かない。人に騒がれるが、気持ちがないなら付き合わないときっちりしている。こんなとこを見てしまうと、こいつを幸せにしてくれる人が現れてやってくれないかなと祈ってしまうのだ。

「一途って、好きな人でもいんのー?」
「まあ、俺だって恋くらいすんだぞ」
「そりゃ、そうだろうけどさ。あ、着いた! じゃあ、また明日ね!」
「おー。テストの復習すっから覚悟しとけよ」
「はーい」

 もう何回もしたやり取りを終えて家に帰ると、急いで二階の自室に駆け、制服から私服に早着替えする。こういうタイミングでしかストレス発散の機会はないのだから。財布と音楽プレーヤーと携帯を持って、母さんに告げた。

「いつもの行ってきまーす!」
「はいはい。晩ごはん遅めねー。いってらっしゃい!」

 母さんのその返事を半分聞き流しつつ、玄関を飛び出し自転車でカラオケに向かう。こういう時の信号待ちは音楽プレーヤーがないと、苛々して仕方がない。
 十五分ほど自転車で走ると、馴染みのカラオケ店にたどり着く。カウンターの人は、ああいつもの人だという顔をした。まあ、月に三回以上行けば顔も覚えられるか。

「お時間は?」
「フリーでお願いします。あ、機種はロッソで」
「かしこまりました。お部屋は18番です。ごゆっくりどうぞ」

 伝票を受け取り、今度はゆっくり歩いて部屋に向かう。薄暗い小部屋に入り、リモコンとマイクを構えればもう完璧だ。

「くう〜。久々だからテンション上がるなあ。何歌おう」

 とりあえず、と入れ始めたら止まらない。二時間くらいは休憩なしでぶっ飛ばす。そう、なにもダメダメだったけど意外と特技というものは転がっているものだ。俺にとってはそれが歌だった。それとなく小さいころにカラオケに連れられてから、鍛えた声帯はこのくらい歌わなきゃ満足しなくなっていた。ネットでいろんな人の歌い方を聴いてみたり、最近はいろんな歌い方ができるようになった。それとなく聴いてもらった人には褒めてもらえたりする。どんどこどんどこ、歌うことが楽しくて仕方なくて、最近は慣れない腹筋を始めてみたり。大勢に聴いてもらったわけじゃないし、こんなこと大きな声で言ってみるほどの実力ではないと思う。でも、こんな楽しいことが一つある。それだけで俺は満足で、歌うだけで嫌なことが忘れられるのだ。
 さて、フリーにしたしそろそろ飲み物を汲みに行こう。マイクを置いてグラス片手に、高いテンションのまま部屋を出た。そして視界に入る見慣れた黒い人。視線がばっちり合う。すぐさまドアを閉めた。この間わずか三秒。しかし、やっぱ神様ってあいつが好きみたい。ドアが完璧に閉められることはなく、あいつの顔がドアップで俺の目に映された。

「ななななんでいるんだ馬鹿リボーン!!」
「俺のセリフだ。バカツナ! 俺が誘っても一度も行かないっつーくせに!!」

 だから、一緒に帰ったのに!!

「だって! 俺のストレス発散なんだよ馬鹿!」

 結局、リボーンは同じクラスのコロネロとフリーで来ていたから、俺の部屋にリボーンが来て俺の事情聴取。そう、リボーンがカラオケに誘っても断り続けてたから。

「ってか、お前が歌ってたのか?」
「当たり前だろ。ヒトカラでフリー、これ以上の楽しみはないんだからさ」
「ふーん……。なら、これ歌えよ」

 そういって入れられた曲は、俺も知っているラブソング。前奏が問答無用に始まったので、もったいないから歌いだす。音程もけっこうあってるから、歌いやすく、ついノリノリで歌い上げてしまったことに気付いたのは、にやにやとした幼馴染を見てからだった。

「上手いじゃねえか。ツナ」
「あ、ありがと」
 まさか、リボーンが褒めてくれるとは。お世辞を言わないこいつが褒めてくれた事実に、すこしこそばゆい嬉しさを感じて顔が緩む。

「でも、ツナ。お前、恋人いないだろ?」
 確信しているぞ、ふふふ。と副音声が聞こえた。
「な、今はな! 今だけだよ!」
 ホントなんだかんな!とつい、むきになって言い返すと、嫌味な笑顔が更に不気味さを増した。
「はっ。聴いてりゃ分かるぞ。本気の恋をしたことねーだろ」

 その言葉に、俺は何も言えなくなって黙った。リボーンの言うとおりだったからだ。好きだ、素敵だ、と感じて恋愛ごっこはできる。でも、身が焦がれるような、リボーンが歌わせたバラードのような恋は、したことがなかった。
 黙った俺に、リボーンは聴いてろと勝手にさっきの歌を歌いだした。

「歌ってな、自分そのものなんだぞ」

 歌いだしたリボーンの歌声にのせられる歌詞は、俺のなかで焦がれるような恋情を訴える。誘うような声は、溢れそうで抑え込んだ想いを感じさせた。掠れそうな声は、今にもはちきれんばかりの恋心の鼓動を伝える。
 胸が苦しくて、今にも焼け焦げてしまいそうで、どうしようもなく相手を求める。

 リボーンは歌い終えると、しばらくどこか遠くを見つめていた。その先に、想いの相手を見ているのだろうか。
 その姿に、はちきれんばかりの嫉妬と、ホンの少しの羨望が俺の中から湧いて、よくわからない痛みを感じた。

「ほんと、ムカつくよね」

 リボーンと一緒に帰ってから、部屋でぽつりと漏らした独り言は、どうも誰にも届かないみたいで。なんか悔しい、と携帯をぎゅっと握りしめながら眠った。


___to be continued
 そんなに人を思えるなんて、俺は知らない。

2011/11/09 睦月拝

 




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -