購買とバカの話



 

 「出かけようよ」
 ――そう約束したのはいつの話だっただろうか。

 ・ ・ ・ ・

「何、ぼーっとしてんだよ。ツナ」
 ぼんやりと窓の外を眺めていたら、隣から声が掛けられた。一人で考えさせて欲しかったのに、と少し恨めしく思いながら声の方を向くと、最近よく見る金髪頭が目に入る。確か彼は隣のクラスだったはずなのに、なんでここにいるんだろう。
 まあ、そんなことはどうでもいいか。
「別にー。ダメツナの考え事なんか気にしないで、放課後までに提出しなきゃいけない課題のことでも考えたら? コロネロ」
「つれねーな、コラ。ダチなんだから、相談くらい乗るぜ?」
 相変わらず特徴的な語尾は直らない彼は、太陽みたいな笑顔のまま俺の隣に居座った。追い払うのも面倒だから、とりあえず彼がいてもいいのかの疑問を解決するために、ポケットの携帯を取り出した。
 携帯に表示されていた無機質な数字は、今が昼休みだと告げていた。
「いつの間に、昼休み……?」
「気付いて無かったのか、コラ。じゃなきゃ、ここに居ねぇぞ」
「そこは真面目なんだ。授業中爆睡かまして怒られてるのに?」
 コロネロのクラスを担当している先生が、事ある毎に怒っている声がお隣の俺の教室によく響いている。きっと、学年で有名な話になっていると思うけど。
「ツナだって怒られてんだろーがコラ。アイツが愚痴ってたぜ」
 彼が「愚痴ってた」、くらいには覚えられていたのか。それすら知らなかった俺は、密かに嬉しく思う。
 その嬉しさを表に出さないまま、話し続ける。
「コロネロよりは少ないよ。窓ガラスも割らないし、“素行の良い平凡な”ダメツナになったんだから」
 高校生になって、何をしてもダメではなくなったんだから。少なくとも武勇伝を三十個は作ってしまっている“コロネロ”とは違う。怒られると言っても、俺は二三日に一回の話だ。毎日ハチャメチャな有名人と比べれば、可愛らしいはずだ。
 コロネロはその言葉に、眉間にしわを寄せる。
「つまんねぇぞ、コラ! 良い子になってどうすんだよ!」
「せんせーが過労で倒れちゃうだろ、バカネロ。サボりは付き合わないからね」
 どうせ、昼休みにコロネロが来るのは、午後の授業をサボタージュしようという誘いしかない。毎日聞かれているから、先に答えておいた。 
「かぁー! つまんねぇぞコラ! しかもアイツそっくりになりやがってぇ!」
「なんのことやら。ほら、パンちょーだい。昨日のゲーム勝ったから、コロッケパン買ってくれたんだろ?」
 本当、誰の話をしているのやら。
 ふと思い出して、昨日譲歩で一緒にゲーセンにいった戦利品を要求した。勝ったら大好きなコロッケパンを買ってくれる、という約束だ。ハチャメチャだが律儀な彼の袋の中には、しっかりとコロッケパンの姿がある。
 うん、やっぱりこの手にしっかりある重さはコロッケパンだ。
「食ってやるぜコラ。バカネロと呼んだことを後悔させてやるッ!」
「んー。やっぱコロッケだよね。焼きそばより」
 焼きそばのもじゃもじゃより、俺はコロッケパンが好きだ。ほくほくとは言えない冷めたコロッケだけど、ソースとじゃがいもの定番な味が良い。どこぞのバカは焼きそばパンがいいと言うが、俺はあの赤い奴が嫌いだ。それを口に突っ込んでくる理不尽なやつとは、しばらく口も利きたくない。
 そう考えると、多少俺が暴れてもからかえるコロネロは可愛いのかもしれない。いやいや、何を考えているんだ。
「――って、もう食ってんじゃねぇかコラぁああ!!」
「ツナさーん!」
「スカルー!」
 うん、ちょっとすっきりした。と思っているところに、奇跡の紫ヘアのスカルが来た。ぴょんぴょんと跳ね、てはいないけど、元気よく傍に走ってくる様は、ウサギに見えそうな可愛らしさがあった。近づいてくると、ピアスやキツイメイクで可愛らしさが飛んでいってしまう。
「ああ、やっぱり!」
「? どうかしました?」
「美人と可愛いの話だよ……」
 今日は飛んでいかないかも、と思っていたがそんなことは一切ない。目の前にきた彼は、飛び抜けた美人だ。当たり前のように俺の前の席をキープした彼は、コロネロを変な物のように指をさす。
「よく分かりませんが、コロネロ先輩どうしたんですか? なんかいつもより激しく様子がおかしいです」
「んだとパシリ! もっかい言ってみろコラ!!」
「ギャー!? キキキ、聞き間違いですよせんグヘッ」
 カウント、ワン、ツー……あ、起き上がった。
「相変わらず丈夫な構造してるよね、スカルってさ。んーソースうま」
「伊達に毎日殴られてませんからねー。丈夫さが無かったら容姿と頭しか残らないじゃないですか」
 さりげなくナルシストしやがったこのイケメン。あらやだ、これじゃ褒めてる。
「自分で容姿とかキモいぞパシリ」
 それには同意してあげるよ、コラコラ。
「発狂してないだけマシですコラコラ先輩」
 やだな、スカルと考えてること一緒だった。
 って、ぼーっとしている間に今にも掴みかかろうとしている二人がいる。このまま放置の方がいいんだけど、このまま喧嘩が始まったら殴り合い→コロッケパン台無しルートだ。仕方ない。
「あーはいはい! 喧嘩しないでね。コロッケパンが巻き込まれるのだけはゴメンだ!!」
「「コロッケパンだけなのかコラ(ですか)!!」」
「コロッケパンより上になりたかったらあのバカつれてこい!!!」
「その時点で上じゃないじゃないですか!」
「もう限界なんだよ! それとも“まだ”続けて欲しいわけ!?」
 分かっているんだ。実にくだらないことで口も利かないなんて、お互い意地っ張りだったこと。そのせいで、今アイツがここにいなくて、独りにしちゃっていること。そして、俺が口をきかないせいで二人が気を遣っていること。俺自身がもう限界で苛々していること。
「だけどな、ツナ?」
「じゃあコロネロ、ここにあるコロネロ宛のラブレターをあの人に渡してもいいのかなー。スカルも、あの録音聞かせてもいいなら……」
「「いってきます!!」」
 マンガみたいな早さで去っていく二人。美人とイケメンがいなくなったことで、俺の周りには大好きなコロッケパンだけになった。
 もう半分以上食べてしまったコロッケパンを、また一口。口の中に広がるのはあの美味しいと思っている味じゃなくて、ただただジャガイモとソースとパンの味。頭の中は真っ黒なアイツでいっぱい。ほんと、食い意地がどこまでも主張してくれていたら、考えなくてもいいはずなのに。ムカつく。

 ・ ・ ・ ・

 五分、十分と時間が経っても、二人は戻ってこないまま昼休みは終わってしまった。呼んでこいと言ったはずなのに、いや、呼んでこいだなんて横暴な真似をしたからなのかもしれない。普段の俺なら絶対にしなかった。そのくらい必死になってアイツに会いたかったなんて、感情というものはどこまで支配力をもっているんだろうか。そんな難しいことを考えても、バカな俺には答えなど見つからない。
 お腹が膨れた後の眠気と戦いながら、中途半端に埋まったノートに文字を書いていく。それなりに解説が入るけれど、いざ練習問題に入るといきなりレベルが上がっている気がする。目の前の中年教師は、授業に馴染み易いようになんてことはしてくれないから、必死に教科書を読んで照らし合わせてみる。いざ答え合わせになると、計算間違いや勘違いだらけだった。やっぱり大して進歩していないのか、と不安になる。

 ――バーカ。最初はやり方すら分かんなかっただろ。

 ばっと浮かんだ喧嘩相手の数少ない笑顔で、意識が授業から吹っ飛んでしまいそうになる。
 そうだ。最初は教科書と照らし合わせるなんてことすら知らなかった自分が、計算間違いのレベルまで食いつけるようになった。それだけでも進歩しているじゃないか。頑張っているじゃないか。
 黒板に視線を移すと、また新しいことを始めていた。慌ててノートを写すと、以前と違う自分を感じる。どうして、俺の世界はアイツ中心に進んでしまっているんだろうか。窓の外だけを見ている自分が、どこかに消えてしまっていた。

 ・ ・ ・ ・

「バカ、だった」
 それはどっちに対しての言葉だっただろうか。

「リボーン。帰ろう、一緒に」
 そして、仲直りしよう。
 心の中で付け足した言葉は、いったいどこまで彼に伝わっているだろうか。待ち伏せて誘ったところ、リボーンはただ頷いて了承してくれた。
 いつも、の帰り道を一週間ぶりに歩いた。リボーンは、喧嘩継続中の俺に歩幅を合わせて歩いてくれる。誰かが言っていた。リボーンは俺ばっかりで、冷たいぞって。当の本人だから、俺はその言葉を十も理解はできないけど、一くらいは今理解できたかもしれない。
「そっか。俺がバカ、だったんだ」
 ごめんね。
「何言ってんだ。馬鹿なのは元々だろ」
 リボーンは表情一つ変えないで、酷い言葉を降らせた。なんと失礼な言い種か。反省して漏れてしまった一言だよバカ野郎。いや、分かってたのかな。分かんないや。
「えー。最近はマシになったんだからな! 午後も寝てないしっ」
「それは当たり前だろーが。船漕ぎかけといてよく言うな」
「う、うるさいなぁ! 乗り切ったんだから良いだろ」
 ――ってか、見られてたんだ。俺のことそんなに好き?
「良くねぇよ。ノートとったのか? あのオヤジ消すの早いから、写しきれてんだかな」
「う、写したよ! すぐ起きたんだからさ?」
 嘘だけどね。あの人書くのも消すのも早くて、起きたとき黒板が全然違うから、きっと写せてない。でも、それは明日にでも友達に見せてもらえば済む話だから大丈夫、なはず。
「ほー? 起きたとき黒板見て焦ってたくせに? 俺のノート見せなくてもいいな」
 だ、か、ら!
 なんでそんな所まで見ちゃってるんだよ。なんでそんな誘惑してくるのさ!?
 い、言わないでおこうと思ったのに、言いたくなる。言葉が、感情が、抑えられない。本当に、頭の中ぐっちゃぐちゃにひっかき回される。心臓が奥で暴れ回っている。バカ、本当に、バカ。
「そそ、そんなに、俺のこと好き?」
 その言葉に、たださっきまでのリズムをぶちんと断ち切る沈黙が返された。どもってし待ったことがいけなかったのだろうか。それとも、聞くことがまずかっただろうか。心配になって、足元じゃなくて隣の黒いヤツを見た。頭一つあっちのが背が高いから、少し見上げているけど、そんな細かいことはどうでもいい。
「ご、ごめんね。り……リボーン?」
 止まっている。いや、この場合は固まっているという描写が正しい。オノマトペだと、カチンコチンって感じ。
「リボーン? え、どうしよう。俺のせいかな。ごめん。動いてよ!」
「……悪かった!」
 突然、頭を下げるリボーン。どういうことだろうか。確かにコロッケパンと焼きそばパンで戦争(人はそれを痴話喧嘩とよんだ)をした。しかし、それは子どもっぽく意地を張ってしまった自分が悪かったと思っているし、俺はいまそれを謝る方法を頭の中でめちゃくちゃ考えて、でも答えがでなくてうやむやにしたまま一緒に帰っている。そう、そうだ。どうして隣の大好きな憎らしい喧嘩相手が、謝っているんだろうか。
 思考は閉ざされて、俺の視界は一瞬で暗くなった。頭を押さえつけられる感覚と、俺より大きな手のぬくもり。俺とアイツの距離は少なくとも十センチくらい離れていたはずなのに、どこかに飛んでいってしまったらしい。迷惑な距離、我が侭な距離だ。勝手にいなくならないで欲しい。おかげで俺の心臓は暴れてしまって抑える方法が分からないし、体が、手が、顔が、湯が沸いたかのように熱くなっていく。
 俺の中できちんと謝ろうとか、考えていたことが全部、全部、俺を抱きしめているヤツにぐしゃぐしゃにされてしまった。どうせ、俺が謝ったからもう触ってもいいとか言うんだ。それを、俺が許しちゃうのを知っていていうんだ。本当、どこまで聞こえてるのか分からないじゃないか。
「なぁ、どういうこと?」
「――さぁ、どうだったか。今日は寒かったからな」
 リボーンは普通に俺を離してから、また歩き出した。
 俺は引っ張られるそれをそのままにして、結局うやむやになってしまったことを頭の中のフォルダで“解決”にしまいこんだ。そして、明日好きなおかずを入れたお弁当でもつくってやろうかと、歩きながらにやけていた。
 一週間前していた約束は、今週末にでも付き合わせてやろう。

___fin
2011/04/01 むつき拝


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -