今日という日




 よく考えてみて、でも阿呆みたいに思えてやっぱりやめとこう。そんな繰り返しをしていた俺は、自己主張というものが段々薄くどうしようもないもののように感じ始めていた。
 学校に行って、たまに遅刻すると風紀の人に怒られて、先生にも怒られて、教室に行けばクラスメイトに笑われる。授業が始まると、先生の呪文にかかり眠り、たまに起こされて、問題を解けと言われて解けなかったり。お昼はのんびり食べて数人の人たちとささやかな陽だまりを楽しむ。そんな日常を終えて帰宅して、そのままが卒業までなんとなくずっとなあなあで続くと考えていた。
 今日という日も、相変わらず学校へ行き、教室で自分の席についてため息を吐いた。珍しく友人がまだ来ていないから、自分の席でぼーっと窓の向こうを見ていた。次々とクラスメイトが入ってきたり来なかったりして、先生が来て友人は今日は休みなのかと思った。
 先生が言うには、今日は野球部が大会で、獄寺が体調不良で欠席だという。野球部に所属している山本は俺の友人で、もちろん獄寺君も俺の友人だった。見事に俺はひとりぼっち、ということだった。別に友人がその二人だけなのではないが、他のクラスメイトとは二人より仲が良くない。それは俺自身に起因するものがあったりなかったりするから、今日はおとなしくひとりでいようと決めた。

「そうだ。今日は転校生が来たから、紹介しておく。入ってきていいぞー」

 こつ、こつ、こつ。同じ上履きを履いているのに、そいつの足音は凛々しくそう聞こえた。教室の扉がガラリと開き、クラスの女子たちは歓声を上げ、男子たちですらそいつに見惚れた。
 安っぽい蛍光灯が、精いっぱいの光でそいつを照らし、老朽化が目立つ黒板はそいつの後ろで輪郭すらぼやけてしまった。世界のすべてがそいつに負け、ひれ伏したみたいな感覚だった。綺麗な宝石みたいな黒い瞳は真っ直ぐ前を見て、ぴんと背筋は伸びていたし、瞳と同じくらい綺麗な黒髪はきっちり整えられていた。
 途端に、自分がだらしなくてどうしようもないやつだったんだと思った。そのまま視線をそいつから逸らした。

「自己紹介、してくれるか?」
「諸事情でイタリアから転校してきた、リボーンだ。日本には昔ちょっと住んでいたから、日本語は分かるぞ。仲良くしてくれると嬉しい。よろしく」
「この通り、言葉には不自由していないが、学校のことや勉強については、みんなで助けてやってくれ。仲良くしろよ。じゃあ、ホームルーム終わり!」
「起立!」

 日直の号令でホームルームは終わった。先生が出て行った後に、リボーンの周りはクラスメイトでいっぱいになった。囲まれたまま一時間目が始まっていき、隣のやつに教科書を見せてもらっていたようだった。
 授業は滞りなく終わっていき、問題の昼休みが来た。うん、ひとりだ。
 皆、転校生と絡む人以外は、いつもと同じグループを作っていく。いちおう一回見まわして、おとなしく自分の席でお弁当の包みをひらく。母さんが作ったお弁当はいつもどおり美味しそうで、ちょっとだけ寂しさが和らいだ。

「ウマそう、だな」
「へっ、は……ああ、うん。えっとー」

 さっきまで囲まれていた転校生が、前の席に座って俺のお弁当を覗いていた。ひとりだったのが、気になったのだろうか。

「リボーン、だ。名前を教えてくれないか」

 どうやら、仲良くしてくれる、らしい。にこり、と綺麗に微笑まれた。遠くてよく見えなかったが、近くでみると顔がとても整っているし、外国人らしいホリの深さってやつが分かる。

「沢田、沢田綱吉。みんなツナって呼ぶよ」

 自己紹介されたので、俺も自己紹介をした。そのままお昼ご飯らしいパンをかじり始めた彼を見て、俺も一口玉子焼きを口に放り込んだ。

「つ、つな、か。悪ぃ、言いにくいから沢田でもいいか」
「うん、気にしなくてもいいよ。えーと、リボーンくん、でいいのかな」

 名前が発音しにくいようで、リボーンくんは眉を顰めていた。

「呼び捨てで、構わない。いや、発音が、な……一週間もすれば言えるようになるんだが」
「そんなに日本語が話せるだけで、十分すごいよ。俺は、そういうのきっとできないし、ダメダメだし」

 運動も勉強もできない、というダメな自分には、二か国語を話すなんて到底無理だろう。

「どうしてだ? 沢田は、俺にこうして普通に接してくれる。優しい。全然、ダメじゃないと思う」
「そんなこと、初めて言われた。ありがと」
「そう、なのか? あ、後で校舎とかいろいろ教えてくれないか。どうも、あの感じ。ちょっと苦手だ」
「分かった。えと、イタリアにいたんだっけ?」
「ああ。首都の外れだ。親の都合ってやつでこっちに来ることになってな。昔ここらに住んでたんだが、すっかり変わってるな……」
「へえ。それっていつごろだったの?」
「幼稚園ぐらいだ。あのころより田畑が減って、すっかり住宅街だな」

 確かに、あのころより田畑は減ってしまった。近所にあった田んぼは埋め立てられてマンションになったし、公園のとなりにあった畑も家になった。
 リボーンは幼稚園のころは恐がられたとか、あっちの友人は変な奴ばかりだとか、いろいろなことを教えてくれた。俺も、入学してからできた友人の話とか、自分が勉強が苦手な話とかをした。きっと楽しくないところもあっただろうに、リボーンは笑顔で聞いてくれて嬉しくなって、ついジョウゼツっていうやつになった。つまり、沢山話していた。
 チャイムが授業開始五分前を知らせ、リボーンはまたあとで、と自分の席へと戻って行った。

「はーい。先生も眠いが授業やるぞー。教科書、じゃなくこの前のプリントなー」

 授業はそのまま時間が過ぎていき、放課後になると、リボーンは自分から俺のところに来た。
 俺より少し重そうな鞄を見て、やっぱ転校生なんだよな、と思う。とりあえず職員室から順番に見ていくことにしよう、と俺たちは歩きだした。
 いつもつまらないままの日常ってやつを繰り返していた。それがずっと続くと思っていた。でも、うっすらと何かが俺の中で息を吹き返す感覚を、確かにこのとき感じていた。


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2011/12/18 睦月拝


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