矛盾定義





 今日はプリンが良いと言ったら、時間かかるけど良い?と尋ねられた。構わないと返事をして、キッチンへ向かう綱吉を見送り、日課の手入れを始めた。
 黒光りするそれを見たとき、あいつは顔をしかめた。仕方ないことだと思った。人を害するものは、嫌いだと言っていたから。こうして一人の時間に手入れしてしまうようにした。
 そのくらい、俺はあいつに入れ込んでいたのだ。気付いたのはいつだったか。伝えようか、と考えたことも無かったわけではない。しかし、これ以上あいつに求めるのはいけないと思った。求めれば、止まらなくなる。溜め込んでも溜め込んでも、吐き出して伝えるつもりは無かった。
 最近のあいつは、どうやら人脈作りが趣味になったらしい。いろんな奴とデートしたり、話したりと、忙しそうだった。それでも、俺が作れというとお菓子を作ったり、課題をサボることもなく、器用にこなしていた。今日のプリンも美味しいものを作るのだろうと思うと、頬が緩んだ気がした。

「よ。今蒸してるから待ってろよ」
「ああ」

 そう言って、部屋に戻ってきたあいつは、付けっぱなしのゲームを再開した。チラリと見た画面は、相変わらず音ゲーだった。イヤホンは左だけで、ガチャガチャとボタンを押していた。

「片耳でよくできるな」
「聴こえないと危ないだろー。あ、勝った」
「課題はどうだ?」
「机の上……ってぎゃああ! オジャマ!」

 なにやら騒ぎ出した綱吉はスルーして、机を見ると紙束が乱雑に置かれていた。それを掴むと、ぱらぱらと見ていく。紙には綱吉の丸っこい癖字で、数式や横文字が正解を導いていた。
 チェックが終わり綱吉のいたところを見ると姿がなく、耳を澄ますとキッチンの方から音が聞こえて、蒸し終わったのだと知る。とんとんと足音がしてドアの方を見ると、綱吉が顔をひょこっと覗かせた。

「リボーン、できたよ。おいで」
「ん」

 そう呼ばれて、いつも通り肩に飛び乗る。いつの間にか居心地がよくなった温もりが、直接伝わってくる。と同時に、今日はバニラビーンズの甘さも香る。階段を下りる足取りが軽いのを感じる。今日は期待できそうだ。
 キッチンに着くと、はいどうぞと頼んだものが目の前に置かれた。綱吉の顔を見ると、いつもよりいい笑顔のような気がする。

「今日のは自信作だよ。ほら、食べてみてよ」
「ああ。いただくぞ」

 勧められるままに一口食べると、程よい甘さが口の中に広がっていく。バニラビーンズの香りが色濃く甘さを印象付ける。まるで作った本人そのものではないか、と思った。
 そんなことを考え出した思考にブレーキをかけ、食べ終わった器にスプーンを突っ込み、手を合わせた。

「ごちそうさま。なかなかだったぞ。ツナ」
「お粗末さま。それは褒めてもらえたってことかな」

 そう言ってにやりと笑う綱吉に、段々と自分に似てきたことを知る。そのまま目で追っていると、話があるからソファーで待っててという言葉が聞こえて、綱吉はキッチンの向こう側にいた。ああ、と適当に返事してソファーに座る。
 向こう側の綱吉の顔はよく見えず、何を考えているのか察すことはできなかった。いや、最近は何を考えているのかあまり分からなくなってきていた。聞いてもはぐらかされ、背中からはただ隠したいという意思。しかし、話があるということは期待してもいいのだろうか。
 お待たせ―と間延びした声が、片付けが終わったことを教えてくれた。どさっと向かいに座った綱吉を見て、でふと疑問を口にする。

「ランボ達はどうしたんだ?」
「ああ、遊びに行ったんだよ。行かせた、が正しいんだけど。ほら、危ないだろ? 蒸し器の傍走ったりしたら、大けがするかもしれないし。母さんは買い物」
「そうか」

 わざと人払いした、ということか。

「で、話ってなんだ?」
「うん、まあ……ちょっと落ち着いて話がしてみたいなあって」

 視線を伏せる綱吉は、なにやら考え込んで黙ってしまった。ここで無理やり聞くのも待ったのを台無しにするので、こちらも口を開けない。沈黙が続く。
 綱吉を見ながら思った。こんなに明るいというのに、その光を奪うような真似をして伝えられない。その考えも一理あるが、感情を隠して傍にいることに悩んで、それが原因でこの関係が拗れてしまうのも馬鹿らしいのではないかと。それならいっそ、想いをぶつけてしまう方が、いや、それで断った場合それで悩ませて……ああ、もうすっきりしない。
 息を吸う音がよく聞こえた。

「その、さ。告白ってどうすれば良い、かな」

 何かが胸につかえる。思わず下げた視線を戻すと、綱吉は俺を真っ直ぐ見ていることに気付く。奥底で燻ぶるものを、今度は俺が隠して口を開く。

「ただ、真っ直ぐ言えばいい。そういうのは、ストレートが一番だぞ」
 言えてない奴が言うのは、矛盾している気がするがな。

「そ、か。なら、ならさ。今度クッキー作るから、食べてくれるかな」
「なかなかだからな。食べてやるぞ」
「ん、ありがと。じゃあ、週末作るね」

 話は終わり!という綱吉の表情はどこかすっきりしていた。それを見て、全く、手間がかかる生徒だなと思う自分は、もうすっかりこの矛盾に染まりきっていた。


___end
 雨宮さんへ。
 重力定義の二人、もどかしさいっぱいにしてみました。頑張ってみましたが、どうにもこの二人はまだ結ばれないみたいですみませんorz
 これからもよろしくお願いしますの思いを込めて。

2011/10/29 睦月。


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