僕ら兄弟には、年の離れた姉さんがいたらしい。でも、僕や律がまだ小さいころに、交通事故で亡くなってしまったそうだ。


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「茂夫、おはよう」

 ちょうど家を出たところで、塩中のセーラー服を着た女の子に、そう声を掛けられた。
この人が、亡くなってしまった僕の姉さんだ。どうしてなのか成仏せずに幽霊という姿で、今もここに留まっている。

「おはよう、姉さん」

僕の隣に姉さんが並んで、一緒に歩きだす。今日はいい天気で、姉さんが目を細めて柔らかい朝日を照らす太陽を見上げた。

「またお前の"姉さん"か?」

それを何気なく見ていると、いきなり逆隣からそんな声を掛けられて、少し驚いた。見るといつの間にか隣にいたエクボは、姉さんの姿を探すように辺りを見ている。そんなに探さなくても、姉さんならエクボの目の届く範囲内にいるのに。

「やっぱり俺様には見えねェな…」

そう、姉さんは僕にしか見えない。
同じ霊のエクボも声は聞こえるみたいだけど姿は見えないみたいで、いつもこうやって姉さんの姿を探している。
見えないのはエクボだけじゃなくて、弟の律には声も聞こえない。それを知った姉さんはとても残念そうだった。師匠はきっと見えるだろうけど、姉さんはどうしてか師匠の前では姿を見せようとしないから、確かめたことはない。

「今日も学校頑張ってね」

僕が頷くと微笑んだ姉さんは、そのまま空気に溶けるように姿を消した。


▲▽


「師匠……今日はぼくの姉さんがいるんですけど、見えますか?」

 今日のバイトには、いつもは来ない姉さんがついて来たので驚いた。でも、この機会に姉さんを紹介しようと思った僕は、事務所のソファーで寛ぐ師匠にそう切り出した。
師匠は少しだけ驚いた顔をしてから、部屋全体を軽く見渡す。

「お前の姉?……いや、気配っつーか、霊力が微弱すぎて分からんな……エクボはどうだ?」

「いや、俺様にも見えん。声は辛うじて聞こえるけどな」

「エクボにもか?……モブ、幻覚でも見てるんじゃないだろうな?」

 師匠が僕にそう聞いた瞬間、部屋にあったモノが宙に浮いた。具体的に上げるとすると、机に置いてあった筆記用具やノート、テイッシュケースにソファに置いてあった雑誌や新聞もだ。突然の超常現象に、師匠は冷静に辺りを見渡した。これぐらいだったら、僕の超能力を見慣れている師匠は特に驚かない。
そして浮いたそれらは、一斉に師匠目がけて飛んできた。突然のことに驚いて、ボクは茫然とその様子を窺うしかできない。

「いてっ!これは姉の仕業か?モブ、止めさせろ!」

「ね、姉さん落ち着いて」

師匠の慌てた声ではっと我に帰った僕は、姉さんに駆け寄った。でも、姉さんは近付いた僕に気づいてくれない。呼び掛けても、とても険しい表情で師匠を真っ直ぐ見据えるばかりだった。

「幻覚じゃないわよ!霊能力者のくせに私が見えないなんて……やっぱりこの男は信用ならないわ!」

大体、言っていることが胡散臭いのよ。と師匠に対する不信の言葉と暴言を吐き出す姉さんは、すごく怒っている。
一つのことに集中しすぎて、いつもの声量では、今の姉さんに届かないみたいだ。だから、僕は頑張って大きな声が出るように、お腹に力を込めた。

「ね、姉さん!!」

「あら、茂夫?そんなに大声あげてどうしたの?」

届いた。滅多に大声なんか上げない僕を、姉さんが目を丸くして見ている。師匠も意外そうに僕を見た。
浮いていたモノたちは、重力を思い出したように床に落ち始めた。その音で、姉さんは事務所の異変に気付く。

「……あれ?もしかしてこれ、私がやった?」

「無意識かよ!?」

姉さんが驚きながら、散らかり放題の事務所を見渡す。その様子を見ると、力を使ったのは無意識のようだった。そんな姉さんの声に、驚きながらもエクボは叫んだ。

「モブ、姉はどうなった?」

「力を使うのを止めました。でも姉さんは、力を使ったのは無意識だったみたいです」

師匠は僕の話を聞いた後、何か考えるように顎に手を充てて俯いた。その様子を窺う姉さんは、少し困った顔をしている。

「え、もしかして何か大事なモノでも壊れたのかしら……?」

心配そうな姉さんを安心させるように、僕は首を横に振る。もし壊してしまったのなら、師匠は真っ先に言ってくるはずだから。そう言うと姉さんは、安心したみたいでほっと息を吐いた。

「取り敢えず、散らかしたものは片付けろ。モブの姉だっけか?お前もモノ浮かせられるなら手伝えよ?」

こっちを見てからそう言った師匠は、事務所内を忙しなく動き始めた。散らっていたものが次々と片付いていく様子を、暫くじっと見つめていた姉さんだったけど、片付けに参加するために動き出した。僕も慌ててそれに続いた。
片付けが一通り終わった所で、お客さんが一人やって来たので師匠が対応する。

「……ねえ、これはただのマッサージじゃないの?」

師匠が除霊をしている最中、姉さんが不思議そうにそう呟いていたのが印象に残った。

 除霊に満足したお客さんが帰った後は、誰も来なかった。「たまにはこんな日もあるだろう」と師匠は、何でもないようにそう言った。
今日のバイトはこれで終わりだ。師匠の「帰っていいぞ」を合図に帰る仕度をする。そして、事務所を出たら姉さんがすでに外で待っていてくれていた。

「……茂夫、あの男は信じて大丈夫なの?貴方が危ない目に逢いそうで、私はすごく不安だわ」

 赤い夕焼けが照らす帰り道を歩いていると、姉さんがそう言って心配そうな顔で僕を見た。師匠は師匠だから大丈夫だと思うけど、どうしてそんなに不安そうにするんだろう。

「師匠はちゃんとした霊能力者だから大丈夫だよ。姉さんも、今日の除霊見たでしょ?」

「いや、あれは除霊っていうか……」

それから先の言葉はどこか言い辛そうに、姉さんは困った顔をした。腕を組んでしばらく悩んでいたけど、やがてそれも止めた。
まだ迷っているようにも見えたけど、僕を見て微笑んでくれる。

「……茂夫がいいならそれでいい、かな」

そう言った姉さんは、僕より数歩先へと滑るように進んだ。慌てて追い付こうとすると、姉さんがこちらを振り返る。夕焼けに照らされたその表情は、いつもの優しい姉さんだ。

「じゃあ、暗くなる前に帰ろうか」

それに頷いた僕は、姉さんが待っているとこまで早足で向かった。
ぼくにしか見えない姉さんは、今日もぼくの隣で笑ってくれる。




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