小説 | ナノ




駆ければ夜な夜な星々も泣く


※「今が幸せならいいよ」の続き






―――また、だめだった。





重い目蓋をゆっくりと開いてみたら目尻に熱いものが伝わっていた。差しこむ光に目を幾度となくまたたかせてからゆっくりと身体を起こす。同時に鳴り響いたアラームをオフにしながらぼんやりする頭で考えた。ああ、そうだ。今日から大学始まるんだったっけ。新しいスタートを切るにしてはひどく寝ざめの悪い朝だ。






もう何度も何度も、同じ夢を見る。同じ女の子が隣で笑っている夢。そして俺も一緒に笑っている夢。時代や服装は異なれど、俺と彼女はいつだって一緒にいて、怒って、泣いて、笑いあって。夢の中だというのに心がじんわりとして、彼女のことが大切なんだと叫んでいるような感情の篭った夢だった。夢にしてはリアルすぎる感覚に、初めは吐気を覚えるほどだったけど、最近じゃすっかり慣れてしまった。懐かしいと一度感じてしまったその時から、俺はこれが、単なる夢じゃないってことに薄々気がついてる。それ以来まるで啓示のように何度も何度も見せられる夢。

その夢の終わりは、いつだって同じ結末で。
今日も、また駄目だった。


夢の終わりはいつだってお決まりで、そこで目が覚めるんだとなんとなく分かるほどにパターン化したそれは、どうやら俺を幸せにする気がないらしい。夢の中くらい幸せでいさせてくれたっていいのに、これが俺の「前世」の出来ごとならそう思い通りにいかないのもまあ分かる。彼女が振り返る、泣きそうな顔で、あるいは、とても幸せそうな顔で、笑って、俺に告げる。


『ありがとう、さようなら』


そして彼女は背を向けて行ってしまう。これが大体のパターンだ。ある時は俺が戦場に向かう朝に泣きながら別れ、またある時は若くして不治の伝染病にかかった俺の傍らで泣き。ある時は闇打ちにあった俺をかばった彼女の身体を抱きながら泣き、またある時は他の男と婚約した彼女を駅のホームで見送った。俺と彼女の幸せな結末を、俺は一度も見ていない。

そして唯一、夢ではなく鮮明な記憶として植えつけられているあの日のことはいつまでたっても俺にまとわりついてくる。俺は生まれ変わってもきみを見つけると言った。彼女もそう言った。だから、夢で片付けることができない。もしかして、彼女が覚えていてくれてるんじゃないかと、いつだって淡い期待を胸に抱かせる。今までの生まれ変わりの中で再び出会った彼女が、そのことを思い出した素振りを一切見せなくても、今度こそ、きっと、って、もう何年も何百年も、性懲りもなく願い続けてる。


俺と同じ記憶を持った彼女がもう一度俺の前に現れて、今度こそふたりで幸せになれるんじゃないかって。






「よー、兵助!」


新しい生活のスタートにふさわしくない重重とした気持ちを引っ提げて大学の門をくぐったら、竹谷に後ろから声をかけられた。

「また一緒だ」
「もー慣れっこじゃん。薄々分かってたし、あーそろそろ会うんじゃねえかなってさ」
「今回はちょっと遅かったよね」
「そだなー」

今この時代を生きる俺たちは、これが初対面だ。でも俺は竹谷にも何度も何度も出会ってきている。竹谷もそれを覚えていて、大体同じ年齢のころに出会うのだ。いつも会うのは大体10代の前半だから今回は少し遅かったけれど、またこうして出会えたことに素直に喜びを感じる。

「兵助、今回はもう会った?」
「…まだだよ」
「そっか」

今度こそは一緒になれるといいな、は、何回目かわからない竹谷からの励まし。竹谷もいつも俺のそばで、俺と彼女が何度も何度も幸せになれなかったのを知っている。いつだったか、こんなのおかしいだろ、何でおまえら幸せになれないんだよ、と自分の幸せそっちのけで泣いた竹谷を、俺はひどく優しい、無二の友人だと思っている。

なんで幸せになれないんだ、それは本当に俺も聞きたい。ひょっとしたら俺たちは、結ばれる運命にないのかもしれない。何度生まれ変わっても、駄目なのかもしれない。それなのに何度でも出会う。そういう、運命なのかもしれない。最近は半ばあきらめ気味にそう思い始めてしまっている。いっそこの記憶がなくなってしまったならよかったかもしれない。そうすればこうやっていつまでも、決して実らぬ恋に、何時出会うかも分からない女の子に、胸を痛めることもないのに。もういっそ、忘れてしまえれば―――……





「ねえ、君たち新入生?」


弾む声に振り返れば、黒髪を揺らしてたたずむ一人の女の子。手にはチラシを持っている。

「もうサークル決めちゃった?新しくできたんだけど、天文部って興味ない?」

プラネタリウムとかやるし楽しいよ。そういって笑う彼女に竹谷が少し焦ったような様子で俺に目配せしていたけれど、正直そんな様子も俺の視界には届いていなかった。


夜空にまたたく星が好きで、よくふたりで長屋を抜け出して見に行った。その揺れる長い黒髪も、陶器みたいに白い肌も、笑うときにできる笑窪も、細められるアーモンド型の瞳も、華奢な肩も、全部。俺が何度も、何度も見た夢に出てきた女の子その人で。まるでその瞬間だけ切り取られたかのように止まる時空間は、これまでの歴史の中で何度も体験してきたそれだった。



ようやく巡り合えた。また、巡り合った。



忘れてしまえればいいと願ったのに、あんなにも痛いと切ないと泣いていたのに、それでも。
彼女を前にしてしまってはそれすらすべて砕け散って、ああ、やっと会えた。湧き上がる感情に涙が出そうになる。そして、また懲りもせずに期待してしまう。今度こそ、今度こそ。彼女と一緒に、幸せになれるんじゃないかって。


「おーい。聞いてる?」
「……興味、あります」
「え?」
「天文部、入ります」
「ほんと!?やったー!えーと、君の名前は?私は…」
「兵助です。久々知兵助。宜しくお願いします、なまえ、さん」


あれ、何で私の名前知ってるの?と目をまたたかせた彼女ににっこりとほほ笑みかける。いいんだ、もういい。彼女が、なまえが俺のことを覚えていないのなんていつものことだし、望みがないことだっていつも通りじゃないか。だけどやっぱり俺は諦めてしまいたくない。あの時感じた胸の痛みを、どうにかして一緒にいたいと願った遠い昔の思いを、俺はなかったことになんかできないんだ。そしたら、過去の俺があまりにも報われない。生まれ変わって何度でもきみに恋する意味を、俺はどうにかしてでも見つけたい。ひょっとしたらまた俺は君を泣かせてしまうかもしれない、それでも。この感情を、君を諦めることなんか、できっこない。


「…なんか、変な感じだなー」
「何がですか?」
「初めて会ったような気がしないんだよね、久々知くん」


もしかしたら、もしかしたら、今度こそは。悲しい結末で終わらせないように、めいいっぱい努力するから。生まれ変わったことに意味があるなら、そろそろ幸せな最後を俺に下さい、神様。







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