小説 | ナノ




君の名はマリアンヌ


※「いつか女神は僕に微笑む」後日






「悲しいけど、お別れや」



白石くんの左手がごく自然に私の首筋に滑り込んで、さらりと髪をかきあげられた。その指先から解放された髪の毛は重力に沿って落ちる。それらはそのまま首筋をくすぐった。あ、もっとちゃんと毛先のトリートメントしといたらよかった、なんて、それどころじゃないとんだ見当違いなことを私は思った。


「...あの、白石く、」
「ちゃうちゃう。ここはアレや。明日の命も知れない男が、ようやく愛を告白するめっちゃ重要なシーンやがな」
「白石くん、明日の命も知れない男じゃないじゃん」
「あかんなあ、マリアンヌ。つれないこと言わんといて」
「(マリアンヌ?)や、だから、さっきから私、図書委員の仕事全然できないんですけど」
「ええやん。どーせ誰も来いひんし」
「よくないの!やること一杯あるんだからちょっと文章推敲でもしててください」
「せやからしとるやろ?推敲」


実践つきやないとアイディア出えへんのや、と訳の分からない理屈を突きつけて、白石くんはまた私の髪の毛をすくった。距離は、近い。本来定員3名ほどの貸し出しカウンターの内側に、何を思ったか白石くんは私の隣にぴったりくっつくように座って原稿用紙を広げていた。彼曰く、来月の校内新聞の原稿が進まないらしい。白石くんの誕生日のあの一件から、なぜだか白石くんはよく図書室に顔を出すようになり、ほんま落ち着くなぁとか笑いながら部活のないらしい放課後を過ごすようになっていた。そして最近ではめっきり、連載を担っている構内新聞の原稿を持ち込んでああでもないこうでもないと頭をひねっているらしい。


「新聞部の部室でやったほうがはかどるんじゃない?」
「煮詰まってもうたんや。名字さん、ぎょうさん本読んどるやろ。意見聞きながら考えよ思て」
「そもそもあの小説って推理小説じゃなかったっけ?恋愛要素ゼロだった気がするんだけど」
「来月から主人公の過去編やねん。ちゅーかあれ読んでくれとるんやなあ」


嬉しいわ、と白石くんは顔を綻ばせて言う。ええ読んでますよ、と気を抜いたら赤く染まってしまいそうな顔を隠すように背け、内心でごちた。からかわれるのはごめんだ。光くんから白石くんの話を聞いたときからずっと、一月も飛ばすことなくしっかり読んでます。そんなこと絶対言えないけど。


「それで、次の展開なんやけど」
「あの、ちょっと、私の話聞いてた?」
「せやから推敲やろ」
「...(ぜんぜん聞いていないのか、そうか)」
「頼むわー名字さん、楽しみにしとるファンの皆を泣かせてまう」


駄々を捏ねるように目の前で手を合わせられては何とも分が悪い。「頼む!」片付けなければならなかった仕事を横目で見た。...しょうがない。次の当番の人ごめんなさい。今度ちゃんと埋め合わせします。


「...わかったよ」
「ほんまに?めっちゃ助かるわ」
「それで、私は何をすればいいの?」
「俺が主人公役やるから、ヒロイン役やって欲しいねん。セリフ読むだけでええから」


白石くんが差し出した原稿を取った。ほんとだ、来月から急展開てきに主人公の過去話に飛んでいる。言われるがままにヒロインのセリフを探した。えっと、なになに、マリアンヌ?ああ、マリアンヌってこのヒロインの名前なのか。どこの国の人だ。「ハーフの設定やねん」ああ、そう。



「だけどあなたは明日になったら、どこか遠くに行ってしまうんでしょう?」
「たとえ遠くに行ったとしても、キミのところに戻ってくる。絶対や」


白石くんはセリフを全て覚えてしまっているのか、原稿も見ずにすらすら言う。その瞳はわたしをしっかり見据えて離さないから、どうしていいか分からないわたしは目を泳がす。ちょっと白石くん役に入りすぎじゃないだろうか。え、なんか、急にものすごく恥ずかしくなってきたんですけど。


「...どうして、そう言い切れるのです?」
「俺が君を好きやから。初めて会ったときから、ずっと」



「...くらのすけ、私もあなたが、」




紡いだ言葉は塞がれた。熱を持った頬は置き去りにされて、驚きのあまり思わず閉じてしまった瞳の向こうにはきっと、びっくりするくらいに整った顔をした白石くんがさっきよりずっと近くにいるのだろう。ぎゅっと目をつむった。それは多分ほんのわずかな瞬間だったのに、時間が止まったような気さえした。唇が離れておそるおそる目を開けた私の頭をくしゃりと撫でてはにかむように白石くんが笑う。ばくばくうるさい心臓はたぶんきっと、「顔まっかやで」いや、絶対に隠しきれてない。


「...げ、原稿に、ないよ」
「ここまできたら、キスしかないやろ?」
「しらいし、」
「ちゃうちゃう!蔵ノ介、や」
「セリフ読むだけでいいって言ったよね!?」
「せやかてなあ、好きな子にあんな風に名前呼ばれて嬉しない男はおらんで?」


男性ファンの獲得目指してんねん、と本気なのか冗談なのかわからないことを言う。白石くんの指が再び私の髪の毛をさらりとさらっていった。かすかに触れた首筋に一気に熱が集まる。


「し、白石く、」
「やのうて、」
「...くらのすけ、」
「よくできました。さっき言うたん、ほんまやで」




さっきまであんなに恥ずかしいセリフも何でもないように口にしていた白石くんの、珍しくほんのりと染まる頬を見つめていたら、うっかり。わたしもよ、って、言いそびれてしまった。






(初めて会ったときからずっと、君が好き)




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