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めぐってまた朝が来る


※「幸福はなみだの味がする」の続き




「謙也、謙也」
「んー...?」
「朝だよ、起きて。お仕事遅れちゃう。今日病棟会議だって言ってたでしょ」
「うー...もうちょい...」
「もー、謙也ってば、...わっ!」


いつだって彼女は俺よりも先に起きていて俺を起こす。ゆらゆらと俺を優しく揺さぶる彼女の腕をひっぱって、そのままひとまきに抱き込む。ぼすん、と鈍い音が響いて俺の腕に絡めとられた彼女は、抗議するが如くもぞもぞとうごめいた。


「ちょっと、謙也ー」
「アカン...起きたない...今日はこのままイチャイチャせーへん?」
「ば、ばかっ!」


ぐいぐい、と彼女にすればありったけの力を込めて引きはがそうと押してくるけれど、いくら抵抗しようがびくともしない俺に諦めて、こてんと頭を胸に乗せてくる。せや。それでええ。そんな細っこい身体で対抗しようとすんのが無理っちゅー話やねん。ふふふ、と満足げに笑って細い髪をすいてやれば、至近距離でじろりと睨んでくる不貞腐れたような顔さえも。ああ、俺の奥さんは今日も最高に可愛い。


「謙也ってば、お仕事」
「はいはい。わかっとるって」
「ホントにわかってる?家出るまであと30分しかないんだよ」
「んー、ほんならあと10分は平気やろ」
「もう!」
「そんなに起きてほしいん?」
「あのねえ、謙也。起きてほしいっていうか、」
「なまえがチューしてくれたら起きるかも」


ほら、おはようのチューしてや、となまえの唇をふに、と触るとみるみるうちに顔が真っ赤に染まる。はは、かわええなあ。キスなんかもう何回も何回もしてるっていうのに、本当に慣れないらしい。いつでも顔を真っ赤にして、困ったような、照れたような表情を見せてくるなまえは本当に可愛いと思うしすごく愛しい。


「......したら起きる?」
「おん、起きるで」
「ホントに?」
「ホンマホンマ。こうでもせんと、なまえからチューしてくれへんやんか」


ほらはやく、と急かすと、ぐっと顎を強めに引いた彼女は、恐る恐る身を乗り出して俺のほっぺに小さく口づける。ちゅっ、と可愛らしい音が響いた。


「...もういいでしょ、早く起きよ?」
「アカン」
「な、」
「こっちやろ、普通」


離れていこうとするなまえの両頬をがっちり押さえこんで、迷わず唇にかみついた。深く、深く。甘く吐息が漏れて起き抜けの頭を興奮させる。何も分かっちゃいないだろうなまえは真っ赤な頬をして、とろんと目を細めてくるもんだからどうしようもない。絡みついた舌が掬いきれなかったどちらともない唾液が重力で俺のほうに全部落ちてきて、口の端からこぼれおちるのがわかった。気持ちええし、なまえは可愛えし。そんで息とか荒くてちょっといやだいぶ、えろいし。......あ。やば。変なこと考えるんやなかった。このまんま、時間が止まってしまえばええのになあ。




その後なまえに散々急かされて、仕方なく起き上った俺は持ち前のスピードを生かしてちゃちゃっと準備をする。食卓に並べられた朝ごはんを見て幸せな気持ちになれるのも、なまえと出会ってから知ったのだ。こういうん、やっぱええなあと噛みしめて言えば、きょとんと首をかしげながらもなまえはほら、もう出かける時間だよと俺を急かす。俺は決してスローなわけではないし、むしろスピードスターなんてふたつ名を名乗っていたほどにせっかちでイラチだと仲間は言う。それは今だって変わってないけれど、なまえと一緒にいるとそんな称号も本来の性格もどっかにぶっとんでしまう。ゆっくりでええって、ゆっくりがええって、そう思える。出会ったときからずっとだ。ゆっくりと、彼女とこの先も時を重ねていきたいと心から願う。



「今日な、研修延びそうやから夜ちょお遅くなるかもしれへんわ」
「そうなんだ。わかったよ」
「先夕飯食っててな」
「うん。いってらっしゃい」


なまえにキスをねだったら、ばか、と言って頭をぺしりとはたかれた。ええやろ減るもんやないし、と言ったけど、さっき散々したんだから駄目です、と真っ赤な顔してつっぱねられた。ちぇ、と拗ねるふりをしながら靴を履いていたら、「...ねえ、謙也」遠慮がちに後ろから声がかかる。



「んー?」
「謙也は気づいてないかもしれないけど、私毎朝ちゃんと、隣で寝てる謙也におはようのキスしてるよ」


カバンを受け取ろうと取っ手をつかんだけれど引く力を失って、なまえの手も離れなかった。「もちろんちゃんとこっちにね」ぐい、と引っ張られた取っ手に従って前のめりになった俺の唇に温かいそれがそっと、だけど確かに触れて離れる。ほっぺを赤く染めたなまえが天使みたいに優しく俺に微笑んだ。






「いってらっしゃい、謙也」








(だから俺は、必ずきみのところに帰ってきて、抱きしめてもらおうと思えるんだ)




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