小説 | ナノ




いつか女神は僕に微笑む


「すまん、ちょっと隠れさしてや」


ばたばたばた、と普段聞きなれない騒々しい靴音が部屋中に響き渡って、私は何事かと眉をひそめてみたけれど、飛び込んできた聞き覚えのない声とほどけかけた包帯が視界の隅にちらりと映ったのでそのまま視線は固まった。きゃあきゃあと騒々しすぎる音が廊下を通り過ぎていったのを確認して、そのひとはふうと大きく息を吐く。


「悪いなあ、助かったわ」
「あの、」
「いきなり驚かせてしもてスマン。俺、2組の白石いいます」


そう言うと白石くんは包帯を巻き直しながらにこりと微笑んだ。2組の白石蔵ノ介といえば有名人だけど、実際話したのはこれが初めてだった。これまで接点も何もなかったから、当然といえば当然だけれど、聞いた話とはちょっといや大分印象が違うなと、なんとなく思った。


「ええと、テニス部の部長さんだよね」
「何や、俺のこと知っとるん」
「有名人だから。それに、光くんがよく話してる」


光?…ああ、と、合点がいったのか白石くんは頷いて、「そういやアイツ、図書委員やったな」と笑う。よく笑うひとだ、と、私は思う。よく笑うし、それにとても綺麗に笑う。光くんの話では、変態だの毒手だの何だのってあまりいい印象はないけど、それでも流石、人気があるだけあると思った。人をあっという間に惹き付けてしまう、美しくて独特のオーラを彼は纏っていた。


「さっき、どうして追われてたの?」
「んー、受け取ってくれて」
「何を?」
「手紙とか、プレゼント」


今日、俺の誕生日やねん。と、まるで天候を告げるときのように何でもなく彼は言った。そんなこと知るよしもなかった私は急すぎる告白に少しびっくりして、「…そう、なんだ」言う。


「人気者なんだね、白石くん」
「せやかて、名前も知らん女の子からのプレゼントやら、貰うわけにもいかんやろ?」
「みんな白石くんの誕生日、お祝いしたいんだよ」
「気持ちは嬉しいねんけど…なかなかなあ」


折り合いつかへんねん、と、さらさら流れる髪をかきあげながら言う。そうか。人気者は人気者なりに、悩みもつきものなんですね。贅沢な悩みだと光くんだったら言うだろうか。白石くんは本気で悩んでいるようなので言わないでおく。それより、そうか彼は今日、お誕生日なのか。新学期、始まったばかりの図書館は人気も少なく、昼休みの終わりを告げるチャイムがすぐそこまで迫っている。私と彼以外ここには誰もいなかったことが、少しだけ私の気持ちを大きくさせたのかもしれない。


「白石くん、」
「うん?」
「お誕生日おめでとう」


多分今日初めて話した私なんかに祝われたところで嬉しくもなんともないだろうけれど、誕生日と知ってしまってはお祝いしなくてはならないような妙な義務感に襲われて、言葉だったら迷惑にならないのではなかろうかと思って何気なく口にした。



「...おおきに、名字さん」



白石くんは目を細めて笑った。まるで、すごくいいことでも起こったみたいに。どきりと心臓が音を立てたのがはっきり聞こえて動揺した。そういえば、どうして白石くんは、名乗った覚えもない私の名前を知っているんだろう。


「今日貰た中で、一番嬉しいプレゼントや」
「そんな大げさな、」
「ほんまやで。財前に感謝せなあかんな」
「え?」
「当番代わってくれて、言われてへん?今日の昼休み」


―――あ。どきりと二度目の音を立てた心臓は、止むどころかどんどん大きくなって、体中を取り巻いていく。そんなこと、なんで白石くんが知ってるの。同時に、光くんとの会話がフラッシュバックしてくる。

「白石くんかあ。私しゃべったことないからなあ」
「一度も?」
「うん、接点とか全くないし」
「ほんなら、一度喋ってみたらええっすわ。なんや興味あるみたいなんで」

興味があるって何が?と聞き返したら、それより来週の昼当番、代わってもらえません?ちょっと急用できてしもて。とはぐらかされてしまった、あの時の会話を思い出す。もしかしたら私はもうずっと前から、光くんとの会話の中に登場する、一度も話したことがない「白石くん」に惹かれていたのかもしれない。


「せやなあまずは、…お友達からとか、どうですか」


そんなの、断る理由もなければ術も知らない。握手するように差し出された、きれいに包帯の巻かれた左手にそっと右手を重ねて頷いたら白石くんは、またさっきと同じ笑顔で幸せそうに微笑む。何かが始まる音がした。






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