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あまくないどく


「あれ。名字さん、まだ残っとったん?」
「白石くんこそ。どうしたの?こんな時間に」
「忘れもん、取りに来てん」
「忘れもん?…、!」


キスをされたので思わず突き放したら、にやりとパーフェクトな笑みで笑われた。



「!?何すんの、」
「キス」
「そんなことは分かってる」
「じゃあ十分やん」
「十分なわけあるか!問題が山積みだよ!」
「何や?ゆってみて」
「そのいち」
「うん」
「私たちは彼氏彼女ではありません」
「関係あらへんやろ」
「いやあるからそこまず大問題だから」
「そのには?」
「…。そのに!」
「うん」
「ここは教室です」
「放課後やから問題あらへん」
「あるだろ!誰か来たらどうすんのって話だよ!」
「さすがにこんな時間やから誰も来おへんやろ。で?それだけ?」
「…そのさん」
「はい」
「白石くん、先週彼女と別れたばっかりじゃなかったっけ」


そういえばそうやったかな、なんて曖昧なことをへらっと笑って言った。おいおい。あんま女をなめるんじゃないよ、白石さん。わたしは好きでもねー男に簡単に唇を捧げるほど安い女じゃねー。そう言ったら白石くんは我慢できずに噴出すように笑った。


「いやー、今時硬派やなあと思うて」
「…白石くんってそんなに軽い人だったっけ」
「あれか、流行のツンデレっちゅーやつかな」
「いやちがうから。人の話を聞いてくれ」
「やっぱ東京モンは違うわ」
「いやだから東京とか大阪とか関係な、」
「で?まだ何か問題あるん?」
「大有りだよ!なんで簡単に好きでもない人にこういうことするの白石くん。見損なったよ」


そう言うと白石くんはきょとんと首をかしげて、うーんと唸ってから、名字さん、やっぱ純度100パーセントやな。と言って笑った。意味がわからない。それにさっきからなにがそんなに可笑しいというのだろう、笑いすぎだ。


「大体さ、明日から大会に行くんじゃなかったの?東京に遠征するんでしょ」
「そうそう、全国大会な」
「だったらこんなとこで油売ってないでさっさと帰って寝て明日に備えたら?」
「せやから、忘れモンしたってゆうたやん」
「じゃあその忘れもんとやらを見つけてさっさと帰れば」
「うん、まあ、用事はもう済んだねんけど」
「は?」
「勝利の女神さんのキス、忘れとって」


にっこり微笑んだ白石くんのまぶしすぎるとも言える笑顔に固まった。勝利の、えーと、なんだって?


「寂しなるやろ、俺がおらんと」
「…なんで?」
「なんでって!あかんわ名字さん、それはヒドイ」
「だってわたし、白石くんの彼女でもなんでもな、」
「ごめん、嘘。俺が寂しなるねん。名字さんがおらんくて」


彼女って、ただのデマやで。別れたもなにも、そんなもん最初っからおらへんわ。これから一週間くらい離れるって考えたらいてもたっても居られへんくて、ほんまは頑張ってーとか言ってもらえへんかなーくらいに思ってただけなんやけど、順番色々とすっ飛ばしてしもたわ。ごめんな。ははっと笑ってまた、なんでもない風に言うからわたしはただ、そこに立ち尽くす。頭がぐるぐるしてきた。


「ええ…?わけがわかんないんですけど、え、なに、どういうことなの?」
「はいはい」
「て、ていうか何でさっきからそんなに笑ってるの白石くん」
「何でってそりゃ、うれしいから」
「う、うれしい?何が?」
「名字さんも満更でもないんやなーと、思うて」
「ちょ、ちょっと待て。だってそれじゃまるで、白石くん、」


わたしのことすきみたいじゃん、


思ったけど言うのをやめた。いえなかった。言葉がつまったからだ。それと同時に、白石くんがさっきからたたえていた笑みの意味に気づいてしまったからだ。だって、わたしの顔、さっきから真っ赤にほてってる。




「せやで?俺、名字さんがすきやねん。気ぃつかんかった?」




帰ってきたらちゃんと告白するから待っててな。何でもないように白石くんはいつものパーフェクトな笑顔でそう告げた。そ、そういうのはもっと早く言って欲しい!ていうかちゃんとも何も、もう言っちゃってるし!完全にパニックになってしまったわたしは、全国大会頑張って、と月並みながら何度も心の中で反芻した言葉を結局言えず、そんな様子を見て満足げに笑った白石くんから、電話して、と渡された携帯番号に毎晩電話することになってしまった。






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