小説 | ナノ




可愛いあなたはモンブラン


※「マロングラッセに涙をひとつぶ」の続き








「…と、いうことがあったんだよ仁王くん」
「へえ。そりゃお気の毒」
「ほんとだよ、お気の毒だ。私ドンマイだ、ほんと」


へえ、と、仁王くんは何がおかしいのかにやにやと笑ったのだ。なんで笑うの?じろりと睨んでみたら「すまん」まだ笑っていた。「笑いすぎじゃない?」風が吹いて、仁王くんの銀色の髪の毛をさらっていった。私の髪の毛もばっさりと顔にかかって前が見えなくなってしまったのでいらだってふり払ったら、仁王くんがまた笑った。彼の髪のほうがよほど綺麗に風に靡いている。不公平だ。


「まさか本当にケーキをホールで買うなんて思わなかった。人生初の試みだったよ」
「名字もよくそんなに金持っとったな。綱島のは高いんじゃろ」
「そうなのよ!ぼったくりじゃねーのかって位高いよ。それなのにブン太のヤロウ…!」


ふと下を見たら、見慣れた真っ赤な髪の毛と、黄緑色のフーセンガムが揺れていて、となりの亜麻色の髪の毛をした女の子がしあわせそうに笑ってるのが目に入った。思わずこぶしを握り締めたけどそれをどこに向けたらいいか分からなくなってしまったのであきらめて下ろした。ため息が出た。仁王くんは相変わらず銀色の髪を揺らしながら私の隣に座っていた。夏の空が高かった。おちてしまいそうだ。


「じゃけん、めずらしいのう」
「なにが?」
「ブン太が女つくるの」


アイツ言い寄られても全部断っとったのになあ、いっつも食い物だけ貰って終わり、みたいな。風が走ったので思わず目を閉じた。校庭で誰かがさわいでいるような声がしたり、しなかったり。昼下がりの学校はにぎやかだ。その中でも、屋上はいい。学校の中で一番空に近い場所だ。こんな欝々とした気分の時にはもういっそのこと吸い込まれてしまおうと思える「俺は、」


「アイツはてっきり名字のこと好いとうんじゃないかと」
「それはありえないね」
「そうかのう」
「そうだよ。だから彼女つくったんじゃん」


それでブン太の勝ちだよ、あーあ、そう言ってごろりと寝転がった。日差しがまぶしい。失恋記念直後というにはあまりにも晴れ渡りすぎている空だった。目にしみるからやめてほしい。


「じゃあ名字も彼氏作って見返したらどうじゃ」
「…いい、もう恋なんかめんどくさい」
「典型的な失恋女の発言じゃなあ」
「うっさいなあ、もう。傷えぐらないでよ」


思わず目を手で覆ってしまったら仁王くんのちょっと笑う声がまた聞こえた。でもむかつかなかった。仁王くんとここで会ったのは偶然だけど、まえから私の気持ちを知っていた、というか気づかれていて一方的に指摘された、唯一の人であるから、逆に聞いてくれて嬉しかった。もしこれで私がここまでブン太のことすきじゃなかったら仁王くんに惚れてたかもしれない。詐欺師とかいう物騒な異名を持つにしては、振られた女を慰めるスキルは異常に高いみたいだった。おそらく慣れている。女に慣れている男は一緒にいて楽だと思う。適度に傷を弄びつつも、完璧に突き落とさない優しさがそこにあることに気づいたのは最近のことだった。まあ、単に面白がってるだけなのかもしれないけどさ。



「のう、傷心の名字さん」
「なんですか、ドSの仁王くん」
「手っ取り早く彼氏作りたいんじゃったら、協力するぜよ」



たとえば、だ。たとえばもし、私がブン太のことを好きじゃなかったとしよう。もしくは、あいつなんてもうしらねーよと思っていたとしよう。仁王くんは、女遊びが激しいとか何考えてるのかわからないとか、そういう噂は聞くけど、わたしが隣でへこんでいたらちゃんと話を聞いてくれ、慰めて(くれているのだと思うたぶん)くれ、間違っても汚い部屋にほったらかしなんてことはしないだろうと思う。私がでっかいため息つく必要なんかもなくなるんだろう。だけど、やっぱり私はおおばかなので、性懲りもなく、それでもブン太がいいなんて思ってしまうのだ。



「…気持ちだけ受け取っておきます」
「さよか。まあ、また気が向いたら言いんしゃい」
「仁王くんて本当に軽いよねえ」
「そうかのう?」
「うん、だけど、慰めてくれてありがとう」


本当は、ここでずっと我慢していた涙がまた再び騒ぎ出したんだけど、頭に感じた、暖かい感触によって阻止された。仁王くんの手だ。まるで子供をあやすみたいに、ぽんぽんと何度もわたしの頭をなでる。…あー、なんで仁王くんが人気あるかわかったような気がする。人気も出るよこれじゃあ。なんだか可笑しくなって笑った。仁王くんの笑い声もきこえた。なんだこれ。変なの。


「そうやって素直に言えばいいのに」
「…言ったところで、もう遅いよ」
「そんなことないと思うぜよ?」
「え?」








バタン



「…なにしてんの?おまえら」


重い金属音が響いたかと思ったら、聞きなれた声が聞こえたので目を覆っていた私の手をどけてみた。ブン太だった。仁王くんの手は相変わらずわたしの髪の毛を弄んでいる。


「見たまんま。食後の休憩じゃ」
「休憩ぇ〜?」
「そうそう。いい天気だしね」
「…何で俺抜き?」
「あんた彼女と食べてたじゃん。ていうか、あの子は?いいの?」
「あー…別れた」




ぱちん、と音がして、黄緑のそれははじけて消えた。まるで、いい天気ですねというのと同じ温度でブン太はさらりと言ってのける。私はといえば驚いたあまり声も出せず、かといって起き上がるわけでもなく目をぱちくりやった。仁王くんは私の頭に手を置いたまま「ほーお」声色を少しも変えないまま言う。ちょっとまてよ。なん…、なんだって?


「わ、別れたって…なんで?」
「なんつーか、めんどくせーと思って」
「はあ?」
「なんか違ったつうかな」


今度こそ私は絶句した。なんてこった。ブン太はフェンスによりかかって、ふあ、と大きくひとつあくびをした。あきれた。


「…信じらんない」
「そう?」
「て、いうかあんた私にあんなクソ高いもん奢らせといて何なの!?最低だなこのやろう」
「しょーがねーだろ、…それよりさあ」


いつまで頭撫でてんだよ、ブン太の目が一瞬仁王くんに泳いで、仁王くんはおーこわいと言いながら手を離した。そして私は睨まれた。え、なんで?わたしなんで今睨まれた?むしろわたしが睨むべきなんじゃないのここ?


「なまえは?」
「は?なにが」
「だから、彼氏」
「――ああ、そんなの「実はいま、口説き落としてたとこだったんじゃがのう」


見事に横槍入れられた、と言って仁王くんはブン太に向かって大層ニヒルな笑みを浮かべたのだ。て、あれ?なに?くどきおとす?一体何の話だ。私が何か言おうとする前に、仁王くんがまるで制止するように口を開くのだ「プリッ」それに対してブン太はやっぱり面白くなさそうな顔をしている。え、なに?ほんとわけわかんないんだけど。


「と、いうわけで。考えとき、名字」
「は?考え…?」
「そんな照れなくてもええよ」
「え、いやべつに照れてな、」
「ほんじゃあのう。今度はブン太の失恋話でも聞いてやりんしゃい」


ひらひら、と片手を振って仁王くんは屋上を後にした。一体何だったんだ。まあ慰めてくれたことはありがたいけど。もしかして、いやきっと気を使って二人にしてくれたんだろう。やっぱり手練れた男は一味違う。そんなことを思って仁王くんの去っていった方向を見ながらぼーっとしていたら、ごん!と頭に衝撃が走った。「い、てっ!」


「ちょ、なにすんの!」
「怒りの鉄拳」
「はあ?」
「俺抜きで菓子食ってた罰」
「どこまで食い意地張ってるんだよ…そんなに欲しいならあげるよほら!残りカスだけど」
「…ん」


いつもならここでぎゃあぎゃあ言い争いが始まるはずなのに、ブン太は黙って「残りカス」を受け取って口に流し込んだのだ。明らかに視線を落とし気味なブン太の顔を覗き込んだら「何見てんだよ」「いでっ!」でこぴんされた。かなり痛かった。


「なにすんの!?」
「勝手に見てんじゃねーよ」
「はあ?なにそれあんた本当意味わかんねーよ!どこのヤンキーだよあんたは」
「あーもーうるせーうるせー…」
「何だよ。八つ当たりならごめんだけど」
「八つ当たり?何の」
「失恋のだよ!」
「別に俺失恋したわけじゃねーし」


ということはやっぱりちょうど時期良く告白してきたその気もない女の子に乗っかった挙句ブン太が一方的に交際を終わらせたということだな。付き合ってからまだ一週間も経ってなかったと思うんだけど…とかいう私の文句たらたらは、なんかもうどうでもよくなってしまったので何も言わないで溜息をつく。


「おまえ、溜息ばっかだな」
「誰のせいだと思ってんの」
「もうちょっと幸せそうに生きろよ」


本当に誰のせいだと思ってるんだという言葉を私は再び飲み込んで、でも代わりに何か文句でも言ってやろうと口を開いたけど、それは目の前の食いしん坊で、わがままで、女の子の気持ちをこれでもかというくらい振り回して、私のいたいけな片思いをこれっぽっちもしらないくせにいつだって簡単に打ち砕く、この男によって遮られる。それはあまりにも突然だった。


「…なんで俺じゃダメなわけ?」
「……え?」
「俺が隣にいんだから、ちょっとぐらい幸せそうに笑ってろよ」


昔みたいにバカみてーにへらへらしてろよな、と、拗ねたんだか何なんだかよくわからない口調で、うっかりすれば風に紛れて聞こえないくらいの音量でブン太が言った。突然すぎてよくわからなかった。一体それってどういう意味、と言いかけた私の唇を一瞬だけ封じて、「なまえに彼氏ができるとかむかつく」「それが仁王とかさらにむかつく」とうつむき加減で言ったブン太に、なにそれ勘違いするからやめてよ、とか、自分から賭けしようっていったくせに都合がよすぎる、とか、それは仁王くんに失礼なんじゃない、とか。言いたいことはたくさんあったけど、それを全部飲み込んで私もうつむきながら、そっとブン太の手に自分の指先を重ねて、あの日何度も練習したのに言えなかったセリフを今度こそ一言一句間違わずに伝えるべく、よく回らない頭のなかで何度も何度も思い出そうとしていた。






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