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マロングラッセに涙をひとつぶ





溜息をつくと幸せが逃げるらしい。それでも今の気持ちをどうにかして消化してしまいたくて、はあ〜〜〜〜とため息をついたら、目の前の赤い髪の毛がこちらを振り返って睨むように一瞥する。


「なんだよ」
「は?」
「いやだから、なに、その台風並みのため息はって聞いてんの」
「いやあ、…もの寂しい季節だなと思ってさ」
「はあ?」


そう言ってまた大きくため息を吐いたら、ブン太は読みかけのマンガ誌から目を離して「うぜー。なんかうぜー」一言言い放った。そりゃ悪かったようざくてすいませんね。


「だったら耳ふさいでれば」
「何で俺が。ここ俺んちだろが」
「さっきからマンガ読んでばっかじゃん」
「オメーだって読んでるじゃん。つうかオマエ一体何しに来たの?」
「え、何?来ちゃわるかった?部活が休みで暇で暇で仕方ないであろう丸井くんの話し相手にでもなってあげようかと思ってたのに」
「べつに頼んでませんけど。休みの日くらい寝かせろよなー」
「あんた、んっとに可愛くないやつだな」
「男に可愛さなんていらねー。つーかオマエのがかわいくねー」
「はあ?余計なお世話だっつのバーカ」
「バカっつう方がバカなんですバーカ」


目の前の赤い髪の毛をした男は、ばさっとわざとらしい大きな音を立ててまた、読みかけだったマンガ雑誌を広げた。仮にも女の子に向かってかわいくねえだのばかだの言いたい放題言ってくれるな、と憎たらしく思うけど何も言わないでおいてやった。散らかった部屋のいたるところに散乱するマンガやら雑誌やらお菓子やらをぐるりと見渡して、またため息をついてみた。こんな小汚い部屋でせっかくの休みで眠たくても、なんだかんだでブン太が私を追い返したことは今まで一度もない。いっつもきゃあきゃあ騒いでる女の子たちには絶対そんなことできないだろうよね。ていうかこの散乱しきった部屋の状態にまず愕然しそして絶望すると思うね。こんなとき、幼馴染って便利だなあとつくづく思う。


「つーかまたこんなん散らかしてさー、ちょっとぐらい片付けようとか思わないの?」
「べっつにー。困らねえもん」
「あきれた」
「じゃあオマエが片付ければ」
「なんで私が。こんなじゃ彼女も呼べないよって心配してあげてるんでしょーが」
「別に呼ばねーし。つーかいらねーし」


だらんと、ブン太の体が後ろにそれてベッドにもたげた。着ていただるだるの黒いタンクトップが持ち上がって、自然と肌がのぞく。腹チラ!腹チラかよ、くそうこのやろうめ…ちょっときゅんとしてしまったじゃないか。…毎度毎度、無意識は罪だと思うのだが。ブン太のくせに!とよくわからない怒りを持て余す私も大概だと思う。


「あんたみたいなテニスバカには一生彼女できないね」
「はあ?冗談。俺結構モテるんだかんな」
「お菓子に食いついてるだけじゃん」
「だって女子がくれるから」
「あんたにあげれば食べてもらえるからでしょ。自意識過剰はんたーい」
「てめー喧嘩売ってんのかよ。オメーこそ彼氏できねーっつのこのひねくれ女」
「大きなお世話です。あんたに心配されるほど困っちゃいないもん」
「へーえ。そこまで言うなら勝負すっか?」
「勝負?」
「勝負」


ニヤリと笑ったブン太が、今日初めてちゃんと私のほうを向いたような気がした。相変わらず腹はちらちらさせたまま、フフンと挑発的に笑った。いやな笑いしやがって。完全に仁王くんの影響を受けている。あとで文句を言っておかなくては。私が持ってたポテチの袋を取り上げてから、残りのカケラをざらりと口に流し込んだ。この食いしん坊!


「どっちが先に彼氏彼女つくっか、勝負しよーぜい」
「…はあー?何それくっだらな、」
「自信ねえの?」
「バカ言うな、ないわけないでしょ」
「じゃあオマエ、俺が先に出来たら綱島屋のケーキワンホール買えよ!」
「望むところよ!私が勝ったら最新のゲームソフト買ってもらうからね」
「上等」






私が自覚する悪いところというのはきっとこう、いつまでたっても素直になれないところなんだなあということを身を持って知った。いや知ってたけど。分かりきってたけどそんなこと。あー…なにやってんだ私は、ほんと。


本当は、伝えたいことがあったからここに来た。そうじゃなきゃ、休日にわざわざ可愛いワンピースなんか着てこない。ずっと前から想っていたことを、伝えようと、していたんだけど、これじゃあとてもじゃないけどそんな暴挙できっこない。仮に言ったところで冗談やめろと笑われて終わるだろうこの状況じゃ。…ブン太のバカヤロウ。女心のわからぬやつめ。ああ、ブン太にとっては私なんか女じゃないんだっけ?悲しいなこれなんかもう。素直さも女らしさのかけらもないのがいけないのだろうか、やっぱそうだろうな。


ふいに目の前がにじんでしまったので誤魔化すようにして窓の外を向いた。そんなことしたって、どっちにせよブン太は雑誌から顔をあげっこないというのに。恋とは麻薬のようである。なんてけなげなんだろう私って。


「ま、勝つのは俺だろうけど」
「冗談。私に決まってるじゃん。あーマリオの新作楽しみだなー」
「いーのかねえ?無茶な約束はしないほうがいいんじゃね?」
「言ってろ!私がその気になれば一ヶ月でできるもん」
「俺なんか一週間で作ってやらあ」
「上等だよ」



目の前はとっくに真っ暗になってしまったのに、涙がこぼれおちてしまわなかったことだけが奇跡だと思った。淡いベージュ色したワンピースのすそを握ってみた。報われなかった、買ったばかりのワンピース。なんだこれは。不毛すぎる。かわいそうに。そっと、財布のなかを盗み見してみたら小銭が3枚しかなかった。しかも全て10円玉。ケーキどころかう〇い棒一本しか買えないよこれじゃあ。あー…、アルバイトでもしたほうがいいだろうか。完全に負けが決定したような気持ちでいる私のことなんていつものように気にも留めず、ブン太はどれにすっかな〜なんて鼻歌歌いながら、スマホをいじって新作のケーキを探していた。







そして一週間後の土曜日、本当に私はケーキを買う羽目になってしまった。









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