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神はなくとも火は灯る








「もう白石くんのことなんか信じない」



彼女は精一杯の見栄を張っていた、ように見えた。少なくとも、いまにもこぼれおちそうな涙を必死でこらえながら俺をにらみつける今の彼女を支えるものは、安っぽいプライドなんかじゃない。そんなことはわかってる。


「そうやってあいつのことも、信じなかったらよかったやん」
「...なんで、」
「あんな男、信じた自分が悪いんやで」
「なんで、そんなこというの」
「だから何度もやめとけって言うたやろ?」
「でも私は、本当に好きだった」
「もう泣き言にしか聞こえへんわ。止めや、みっともないで」


言う俺の声が震えたことにきっと彼女は気づいていない。か細い肩を震わせたとき、ぼろりと大粒の涙がこぼれたのを目の当たりにしたというのに、俺の口からは彼女が望む言葉は出なかった。あたりまえだ。


「確かに、俺のしたことは卑怯やったかもしれん」
「......」
「もう信じてくれなくてもええ。恨まれてもしゃあない。それだけのことを俺はしたんやから。でもどうしても、我慢ならんかった」


隣にいるのが俺じゃないことにいつからか俺はずっとずっと、わだかまりを感じていて。いつからか息もままならないほどの嫉妬にそれは色を変えていた。相手の男が確実に彼女を幸せにしてくれるような文句のない好青年だったらなんとか心のうちに死ぬまでとどめておけるかと思ったが、残念ながらそうではなかったから困った。このままじゃ窒息していつか死んでしまうと思った。だから引き裂いた。あの男は簡単に他の女に堕ちたのだ。所詮その程度の男だった。ただしもちろん偶然なんかじゃない、必然的に、意図的に俺がそうしたのだった。


「白石くんがそんな人だと思わなかった」
「そらそうやろな。自分でも驚いとる」
「私、白石くんのこと、友達だと思ってた」


きっと彼女の涙は、恋人だった男に向けられているのではなく「...信じるも信じないも、好きにすればええ」ずっと親友の位置にいた俺への絶望だと解釈してしまってもきっとばちは当たらないと思う。頼むからこれくらい許してほしい。そうじゃないと本当に窒息してしまいそうになる。苦しいんだ、もういつからかわからないくらいに、ずっとずっと前から。



「けどな、名字。俺が名字のこと、好きなんは変わらんで」



そして俺は彼女にとって最も残酷な言葉を投げかけてとどめを刺す。隣にいるのが俺じゃなくても、幸せになってほしかった。ただ声を聞いていたかった。下らない話をして笑いあいながら、近くにいられるだけでよかった。...本当は、誰よりも好きで好きで好きでしかたなくて、誰よりも傍にいたかった。俺だけを見てほしかった。俺を想ってほしかった。たとえそれが、友人としての信頼でも、憎しみの感情だとしても。俺のかけらだけでも、どんな形でも彼女のなかに残るなら。それで、よかった。




「それだけは、嘘やない」




…なまえ、なまえなまえなまえなまえ、 なまえ、涙がでるほどほしいのに、どうしたって、きみが手に入らない。







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