小説 | ナノ




シーソーペダルとぼくのふね


無駄にからからと照っている日が続いてくれたから、世の中の専業主婦は洗濯に困ることはないだろうな、と思った。空を鳥がかけめぐって地を人間が走り回り、風は相変わらずにヤツの髪の毛をさらっていくし雨が降れば水も流れてはまた、ぐるぐるめぐる。みなさんお忙しいことですねー、空を見たら夏らしい入道雲が泳いでいた。ああ、くそ、わたしだってできることなら雲に生まれたかったなんて理不尽なことを思った。なんだそれは。笑える。

からからと、空に響いているのは黄色いおんなのこたちの声と、低くてよく通るあのボイス。ふと廊下をながめてみたら、男はにこにこ、微笑みをうかべていて、なにがおかしくてそんなに笑ってるのか、ばかっぽいなと、鼻で笑うどうしようもねー私がそこにいた。


「あれ。機嫌悪いのう」
「べっつに」
「顔が怖いんじゃけど」
「ほっといて。もともとです」
「そう拗ねなさんな」
「拗ねてねーよ」


横槍を入れてきた銀色の髪を持つ男はニヒルに微笑んだ。やっかいな笑みだ。私の視線を追いかけて、気づいたように仁王は「おお、」手を打った。詐欺師ともいえる男が。芝居くさいんだよ。


「さっすが、プレイボーイじゃのう。もう女手篭めにしとる」
「手篭めって…」
「無類の女好きじゃな。お前じゃ手に負えんよ」
「…うっさいな、もう関係ないもん」


傷をえぐる仁王の存在をこんなにも憎たらしいと思ったことは今までになかった。にやにや笑って人の不幸を楽しんでいるとしか思えない。すべて図星だと思ったからさらにむかついた。もういっそしんでくれ。恋だの愛だのが絡みだすと、人間えげつなくなる生き物だ。こころの余裕なんて消えてなくなる。あー私やっぱ雲に生まれればよかったなと心底思った。そしたら誰かに危害を加えることだってなかっただろうし傷つくことだってなかっただろうし、なにより空からずっとあのひとを見ていたれたのになんて、ポエマーすぎて我ながら気持ち悪い。


「もういい加減吹っ切って次の恋に行ったらどうじゃ」
「次の恋?」
「そう」
「誰を相手によ」
「ここにええ男がおるじゃろ」
「ばかじゃねーの」
「俺ほどええ男もおらんと思うよ」
「そういうことを自分でいうか」
「プリッ」
「ごまかしてもダメ!」


確かに仁王は男前だし詐欺師という異名はあるものの、意外と女の子の気持ちを大事にするっていうわけで人気だ。だけど、失恋の痛手につけ込むなんぞひどい男だと思った。私はつくづくダメ男に縁があるんだろうか。ばかみたいにひどい話だ。べつに私じゃなくたって、仁王なら貰い手はたくさんあるだろうに。むしろ仁王の愛を一度でいいから受けたいと請う女の子なんて、掃いて捨てるほどいると思う。


「無理。他を当たってよ」
「嫌じゃ」
「なんだそりゃ。だいたい失恋につけこむなんて最低だよ」
「べつにつけこんだわけじゃなかよ。チャンスだと思ってな」
「はあ?なんのチャンス?」
「名字を手に入れるチャンス」


にっこりと効果音がつきそうなくらいの極上の笑みで微笑んで仁王は言い放った。目が点になった。馬鹿も休み休み言ってくれよ。


「なに言ってんの仁王、ほんとわけわかんないよあんた」
「お前さん、あの男の前じゃ遠慮して何も言えんかったじゃろ」
「!」
「でも俺が相手なら心配なか。俺なら名字の口悪いとこもひねくれてるのも全部知っとるから、遠慮する必要もない」
「悪かったね、口悪いうえにひねくれてて」
「そんなとこも好いとうけど」
「…で、それとこれと何の関係があるの」
「ちっとやそっとじゃお前さんのこと嫌いになったりせんよ、俺は」


だから信じてみんしゃい、そう言ってまた笑う。その笑顔に、文字通り心がぐらりと揺れた。一瞬だけど涙がとびでそうになってしまったのであわてて、奥歯をつよくかみしめる。なんだ、この男。質が悪すぎる。こんなのほんと、ずるいにもほどがある。振られたばかりの女の子に言う台詞にぴったりすぎて本当に仁王は、弱みにつけこんでくるひどい詐欺師だと拗ねた頭で思った。だけど心は、頭とは別の感情をもっているみたいにして、奥底深いところでじわりと音を立てている。その言葉を嬉しいと思ったのか照れくさいと思ったのかそれとも、本当にそうだったらいいのにってほのかな期待をしてしまったのか。でもそんなこと素直にいえるほど私は可愛い女の子ではないので、「何いってんの」あわててそっぽを向いたけど、それだけじゃあ熱を持ったほっぺたは、やっぱり隠せなかったような気がする。仁王がまた笑った。「と、いうわけで」風が攫っていく銀色の髪の毛を、初めてきれいだと思った。


「そろそろ本気で、俺のもんになる気はないかのう、なまえ」


まっすぐ見つめる仁王の瞳に私が映っていた。相変わらず真っ赤なほっぺたをしている。あれ、これ、落ちるのも時間の問題じゃないのなんて、他人事のように考えていた。






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