小説 | ナノ




ピンク・プラネットの住人


「おーい名字ー、名字なまえー。聞いとるかー」



昼下がり。ナナメ前方向の、金色にゆらゆらゆれる頭をぼーっと眺めていたら、無視とかやめやーセンセ泣いてまうで、と苦笑に交じった声ではっと我に返る。気づけばクラスじゅうのみんなの視線が集まっていた。かーっと顔が赤くなるのが見なくてもわかる。私に視線を向けるクラスメイトたちの中には、例の意中の彼の姿もあった。うわ、恥ずかしい、恥ずかし過ぎる。


「コケシ没収やなぁ」
「ご、ごめんなさい」
「なんや恋煩いかー?青春やなぁ」
「オサムちゃーん、あんまなまえいじめんといて!」


すかさず親友のさっちゃんのフォローが入り、クラスのみんなが、せやでオサムちゃん、野暮なこと聞くなやぁ!と笑うのが聞こえた。和やかな雰囲気。だけど私の心中は穏やかじゃなくて、ちょっと、いやかなり落ち込んでる。しかも、恋煩いって!そんなんじゃない、とは言い切れないから否定もできず、もう一度小さく謝罪した。さっきまで見つめてたナナメ前なんか絶対に見れなくて、わたしはただただうつむいていた。まぁええわ、放課後職員室なーというオサム先生の呑気な声が響き渡るまで。








「おう、来たな青少年」


失礼します、とドアを開ければ先生はにかっと笑った。私は複雑な心境だ。注意されるのかな、それとも反省文かな。オサム先生はあんまりこういうことに関して厳しくないから、呼び出されるだなんて珍しい。しかも注意するにしたってにこにこしすぎじゃないだろうか。まったく予想ができずどぎまぎしながら先生の言葉を待っていれば、これ、と指差されたのは大量の分厚い本だった。


「準備室まで運んでくれへん?ちょうどこれから職員会議やから」


新・古典文法集と書かれたそれは軽く10冊を超える量で、これをひとりで運べというのか、と私はちょっとびっくりしながらも、いかんせんさっきの件で拒否権がないと判断したわたしは「はい」大人しくうなずいた。


「お、素直やなぁ。他のヤツやったら、絶対いやや!言うで」
「だって、授業中ぼーっとしてた私が悪いから」
「そういう素直なんは、名字のええとこやなぁ」


10コケシやろう。そう言ってわしゃわしゃ私の頭を撫でつけると、無理そうやったらどっかその辺のヤツに手伝ってもらい。ほな、よろしゅう。にこにこ笑って席を立ってしまった。無理そうって、それならどうしてそもそも私に頼んだんだろう?とハテナマークを浮かべながらも私は大人しくそれらを持ち上げる。う、なにこれめちゃくちゃ重っ…!


「名字。ええ子にはな、ちゃあんとええことあるんやで」


職員室を出がけにかけられたオサム先生の言葉の意味は分からなかったけど、とりあえずぺこりと会釈をしておいた。ええことって何だろう。コケシだったら…もうすでに無数に並べられた教室のこけしコレクションの片隅にそっと追加しておこうと思う。



職員室を後にして、準備室への道のりをとぼとぼ歩く。さすがにちょっと重いな。でも手伝ってもらうって言ったって、もうみんな部活に行くか帰ってしまうかで人の姿は見当たらない。結局ひとりで運ぶしかないか、と諦めて本を支える腕を組みなおしたときだった。曲がり角から急に現れた人影に、足を止めるもすでに遅く、はずみで私の腕にどうにかおさまっていた本のいくつかがばさりと音を立ててあっけなく落下した。


「うお!すまん…って、名字さん」
「え、…あ、忍足くん」


私よりも頭いっこ分高い位置にある瞳がぱちりと私を見つめて、それだけでちょっと身を引きたい気持ちになったけど、大量の腕の重しがそれを許してくれなかった。クラスメイトの忍足くん。ユニフォームを着ているから、きっと部活に行く途中だったのかな。そういえば、今日は放送当番だって言っていたような気もする。


「まだ残ってたん?ってなんや重そうやな、それ。古典資料集?」
「えっと、オサム先生に頼まれて」
「オサムちゃんも人使い荒いなぁ。よっしゃ手伝うわ」
「で、でも、忍足くん部活、」
「ええねんええねん。遅れるって言ってあるし」


そう言うとひょいっと私の腕から三分の二ほどの量を持ち上げて、ほないこかと言って笑った。どきり、と心臓が鳴る。ていうか忍足くん、私の名前知ってたんだ。そもそも忍足くんとは、クラスが一緒になったきりとりわけ親しいわけでもなかったし、ただ、いっつもきらきら太陽みたいな笑顔がまぶしいなぁとか、走る姿がかっこいいなぁとか。誰にでも平等に接して優しくて、明るい性格がすきだなぁとか。気づけば一方的な片思いをしていた。


そもそもどうしてこんなことに、という発端を遡ってみれば、授業中にきらきらの金髪を、正確には忍足くんの後姿を見つめていたのが原因だった。昼休みに、「謙也のタイプは無邪気な子やんなぁ」という白石くんとの会話を小耳に挟んでしまってからそれからずっと考えていたのだ。無邪気、無邪気。無邪気な子。それなら私は、忍足くんのタイプには程遠いと、そんな風に思いながら。だって今も平静を装いながら(装えているかは別として)どきどき心臓がうるさいし、かといっていつも忍足くんたちと一緒に居る女の子たちみたいに、可愛い笑顔とスキンシップで話しかけるなんてとてもできない。それなのに、忍足くん細いのに意外と筋肉あるんだなぁとか、初めてこんな近くで見たけどまつげ長いなぁとか、男の子なのに肌キレイだなぁとか、横顔を盗み見しながらそういうことばっかり考えてる。手を伸ばしたら触れられそうな距離なのに…あれ、なんか私やらしいな。ほら、だから忍足くんのいう、「無邪気な子」とは正反対なんだ。



「…なんかついとる?」
「えっ、」
「あ、いや。めっちゃ見てへんかった?今」
「う、ううん、ごめんなさい。なんていうか、やっぱり男の子だなぁって思って」
「え?」
「軽々持っちゃうんだなぁと思って」


途端、忍足くんの顔がさっと赤く染まって、フイと前を向かれてしまった。わ、私なにか変なこと言った?せっかく厚意で手伝ってくれたというのに、いやな思いをさせてしまったのだろうか。どうしよう。思いを巡らせていれば、何事もなかったかのように前を向いたままで忍足くんが言葉をつづけた。


「そ、それにしてもオサムちゃんも酷いなぁ。こんなん女子に持たせるか、普通」
「まあ、授業中ぼーっとしてた私が悪いから…」
「せやかて、文句のいっこくらい言ってもええと思うで」
「でも、忍足くんが手伝ってくれたから、そんなに大変じゃなかったよ」


ありがとう、と言えば、忍足くんは前を向いたままで、…おん。短く言った。










「…名字さんって」


埃っぽい準備室に入ってもなお続く沈黙を破ったのは忍足くんだった。完全に会話に失敗してしまったんだと思っていた私はあまりにふいをつかれたから、「えっ?」なんて素っ頓狂な声が出てしまったけれど、忍足くんは特に突っ込むこともなく、しばらく間を空けてから私のほうを振り返ってちょっぴり首をかしげて言葉をつづけた。あ、そのしぐさ可愛いなぁ。


「好きなやつおったんや」
「... え!?」
「あ、いや、さっきな、授業中」


根源の、あの出来事を言ってるんだろう。まさかはいそうです、と言いますかあなたですなんて口が裂けても言えず、かといってそんなんじゃないと否定することもなんだかできなかった。だって事実だもん。ばか正直な性格が祟った。何も言わない私を肯定ととったのか、忍足くんはふうんと呟くように言って前を向いてしまった。ふうんって、興味本位にしてはあっけなさすぎる答えに肩透かしを食らいながら、だったらどうして忍足くんはそんなことを言うんだろうかと疑問に思ったけれど、特に深い意味もなかったんだろうと思ってそれ以上追及しないことにした。それに、深く掘り下げられないほうが私にとってもありがたい。だけど次に忍足くんの口から飛び出したのは、私にとって予想外すぎる言葉だった。




「なんか、嫌や」
「え?」
「名字さんが恋煩いしとるって聞いて。めっちゃ嫌」
「な、なんで…?」
「……好きやから」



「俺、名字さんのこと好きやねん」




真っ直ぐな瞳が私を射抜いた。やから、ちょっとでもええから俺のことも考えて。いささか早口でそう捲し立てると、ぽかんと間抜けな顔をしたままであろう私をよそに「ほ、ほなまた明日!」くるりと背中を向けてしまった。その耳のはしっこが真っ赤に染まっているのを見て、伝線したみたいに私の顔もきっといま真っ赤だろう。俺のことも考えてって、そんな。言われなくたってもう私の頭は忍足くんでいっぱいなのに。明日会ったら何て言おう。ありがとう?わたしもすき?ありきたりな言葉ばかりが浮かんでは消えるけど、どれもこれも伝えたい言葉ばかりで困る。素直に伝えられるだろうか。どきどき波を打つ心臓をぎゅっと抱きしめる。


遠ざかっていく見慣れすぎた後ろ姿を見つめながら、ええことあるで。笑いながら言ったオサム先生の言葉が頭をよぎっていた。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -