※明治時代くらいの女学校の教師なγと女生徒なユニ様






「屹度私達は二人で何処へでも堕ちて往けます。」そう言葉を紡ぎ大人びた貌で嗤う少女の、未だ紅を差したことすらない潔白な唇が厭に妖しく見えて、男は堪えられずつい視線を逸らそうとした。然し其れより先に少女は男の唇に其の幼い唇で触れ、またふっと嗤って「如何ですか私は」と小首を傾げて此方の様子を窺う仕草をした後、其の紺色の禁欲的な制服に包まれた小さな身を男の胸に預けた。

まるで自分の肉親にでも甘えるかの様な少女の無防備で奔放な大胆さに、男も流石に面喰らう。危うく己の立場を忘れてしまいそうになるが、其れは決していけない。神聖な教壇に立ち続け、分け隔てなく此の学校の女生徒達に人道を諭し導いて行かねば為らぬ職に従事する者として、其れだけは。破れば高い誇りを持って今迄に築き上げて来た様々なものが、一瞬にして奈落へと沈んでしまう。と云うより、其の様な不純な関係など元から範疇に無い。
先刻の少女の言葉は、其れでも善いと云う意味合いで、且つ一緒に堕ちましょうとの誘いなのだろうが――
宥めたかったがぐっと堪え、少女を抱き締め返すことはせず、慎重に言葉を紡ごうと唇を開く。抗えないで半ば強制的に思春期に於かれて居る繊細な彼女達の傷付き易さや赤子の様な脆さを、男は熟知して居た。

「――あんたは、確かに美しい子だ。だが、其れだけだ。オレにとっては、他の生徒達と同様の存在でしかない。…離れてくれないか」
「……嫌です。私は先生が好きなんです…」
「オレはあんた達に、好いている者を困らせろと教えて居るか」
「…そ、れは……!」

青褪めた様な表情で見上げて来た少女の憂いを含んだ深い瞳を、男は出来るだけ穏やかに見下ろす。そしてもう一度、「離れてくれ」とやや語気を強めて謂えば、少女は肩をぴくりと震わせ渋々と、でも振り切る様に艶やかな黒髪を乱しながら身を離した。密着して居た為にくしゃりとひしゃげた制服の胸元の真っ赤なスカーフがただただ今は痛々しくて、どうかお互い傷付かずに傷付けずに生きて往ければ善いのにと、酷く青臭いことを思い自嘲しつつ、心の中で己の至らなさを責める。
少女の其の揺るがない純潔な白さを例え僅かでも揺るがした此の罪悪は、恐らく生涯消えはしないのだろう。だからせめて真っ直ぐに対等に見詰めて、此れからも哀しい程に不変の教師で在り続ける為に、「想ってくれて有難う」と、美しく清廉潔白な女生徒で在った少女に畏敬の意を表明するのだ。





(2011.03.08)
高潔
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