ずっとこわいことがあった。
 あなたに会ってからこわいことがあった。無数に芽生えた新たな感情はどれも慣れない、こわいものだったが、そのなかでひとつ、いまになるまで解決できそうもないものが、あった。
 光が強ければ強いほど影は濃くなるとはよくいったもので、ただし実際にはすこしの誤りがある。
 日が中天に差し掛かるとき、世界から影は消える。さきほどまであったあちらの木陰も、わたしの足もとからのびていた影も。音もなくあとかたもなく。
 光がこの世のすべてをまんべんなく照らすと、影はいなくなる。
 ロマンチックでもない。芝居がかった小説のことばでもない。これから使うことばは、たんなることばである。事実の陳列である。
 あなたという光がわたしの世界をあんまりあますところなく覆って、照らしだし、さわやかな風さえ引き連れ、風とおしをよくし、心地よく変えてしまったので、わたしはおのれの影のいないことに、大変、ひどく、戸惑った。
 わたしの愛していた闇はどこへ。あんなに愛して育んでいた闇はどこへ。
 影が見えなくなり、うすくなっていくほど、わたしはわたしが消えていくような焦燥感に駆られもした。
 しかしようやくいまになって気がついた。影も、闇も、見えなくもなり、うすくもなったが、いまも変わらずわたしの一部に歴然と深く在る。
 むしろわたしの足もとから強くのびていた、わたし本体よりもむしろ巨大でリアルだった影は、わたしと一体化し、わたしと融合し、わたしとなじみ、わたしそのものになったのだと。
 ずっとこわいことがあった。あなたに会って、あなたが光だったので、わたしの本質を牛耳っていた強い影が、どこかにいってしまったので、もはやこれはわたしではないのではないかという、不安です。
 いまはもうこわくない。
 それにわたしは知っている。あなたのなかにも闇がある。あなたはすでに、光と影を取りこんだ存在だ。
 わたしもそう。ようやく、そう。
 ようやくたったひとつになれた。
 あなたに会えてよかった。
 そしてこれからも、わたしは人と出会っていく。



2022/10/09





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