そのころ春は
風を縫っていた
草原に運ぶため
木漏れ日をゆらすため
眠る赤子をあやすため

なぜならわたしたちは
時間という概念に貫かれた社会で
永遠と一瞬の善悪を 正誤を
さがしもとめることを強要されていた

母や父に
偉人や故人に
王や支配者に
師や友に

おのれの感覚のみを信じてよいとは
だれもいわなかった
恥を知ったのは
人が恥じているのを見たからだ

そのころ夏は
木々を燃やしていた
あらゆるものに熱を与えていた
うつくしいかがやきを
大地を裸足で歩く子どもたちの笑い声が
ただてらいもなく
響く

わたしたちは
見えないものに名前をつけ
知らないことを知ったつもりになって
いくつもの枠組みで捉え
箱に分けた

愛でさえ
契約や規則が必要だった
だれもがだれかを支配し
だれもがだれかに縛られた
自由を信じている人は
ひと握りだった
聡明さをもとめることを恥じた
なにかを欲することを禁じた

悲しみや憎しみを殺してきた
抵抗と反撃が生きるすべだと思った
矛盾していることに気づかない
わたしたちは矛盾を否定し
矛盾を愛することをしない
涙を流すことさえ

そのころ秋は
空のあいだを飛びまわっていた
なんの制約もなくすべての空間にゆきわたり
落ちた木の葉や
そのにおいが
すべてに満ちていた
爪のいろが違って見えた
風はいまも赤子の額をなでる

努力が報われなければ意味がないという人々は
とても強かった
なぜなら愚かだから
けれども賢くもあった
だから人々を先導していき
わたしたちはどんどん
かたく強張っていく

いったいだれが最初に
人生にルールがあると教えたろう
善悪や正誤があるなどと語ったろう
その人はなにかに怯えていたのだ
なぜだろう
怯えているということは
愛はもうすぐそばまで見えていたと
そういうことであるのに

そのころ冬は
そのころ冬は
黄金の時と
完璧な時間を携えて
永遠と一瞬を謳歌していた
なにものにも変えられないかたさと
あっさりと溶けていくなめらかさで
すべてにふれていた

風がふけば
簡単に怯えるわたしたち
わたしたちは
神様に祈りながら懺悔し
かぞえなければよいというのに
おのれの罪をかぞえつづける

母は父を
父は母を裏切る
子は親を
親は子を裏切り
なにかが悪いと
見えない闇に捕らえられていると
うつくしい瞳をぎらつかせ
意味もなく飢えきった喉を鳴らして
道具を握る

いちばん簡単なものを知らない
わたしたちは知らない
考えつづけてもわからない

めちゃくちゃに生きればよい
生きたければ
自由奔放に生きてはいけないと
人を傷つけて生きてはいけないと
教えたのはだれだろう
そういいながら
人を傷つけていたのは

してはいけないことを教えつづけ

季節はわたしたちを
どこ吹く風で眺めている

そのころ母は
自我の壁に抑えてつけられ

そのころわたしは
憎しみに身を投じていた

いつでも外はうつくしかった
いつでも地球は狂いなく

あのころわたしは
とても愛しい迷い子であった

季節は飄々と流れ
ただその流れに乗ればよい
なにをしてもよい
恥を知った赤い頬に
キスを
裸で海を泳いでも
ほんとうに恥ずかしいことなどどこにもない

さがしてきて
もってきてみなさいと
風がいう



どこにもない
2018/12/03





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