ワタルは誠実そうな見た目に違わず、とても整った雄々しい字を書く。フスベシティのドラゴン使い有数の実力者であるし、それなりの教養もあるだろう。しかし、その身の上と手紙の内容が必ずしも合致するとは限らない。
グリーンは手紙を握り潰してしまいそうになるのを懸命に堪えた。そして痛いくらいに寄った眉間の皺を、指の先で伸ばす。
目の前の箱に詰まっているのは紛れもなく、カントー地方の警察の制服。美しい深い青色の、しっかりとアイロンで皺を伸ばされた新品だった。ただ腕章などはなく、どうやら似せて作ったレプリカらしい。しかしそれ以外に違和感を覚える部分もなく、大変素晴らしい出来だ。こんなものに金をかけるから財布の中身が余計に減ることにワタルが気付くのは、当分先かもしれない。
それを見てから、また手紙に視線を戻す。そのあまりにも馬鹿げた文面を読み返すと、ますます苛立ちが募ってきた。手紙の名目がカントージムリーダー会議でなければ、とっくに破り捨てている。なぜ通常の会議をした後に仮装をして打ち上げをしなければいけないのか、理解に苦しむ。
「どうしたの、怖い顔して」
そう涼しい顔をして問うレッドを見、それにも腸が煮えくり返りそうになる。
ワタルは、昔のよしみということで打ち上げにレッドを呼ぶつもりだったらしい。しかしシロガネ山に篭り、時に外に出て自由に旅をするレッドは、この手紙の存在を知らなかった。正確に言えば届いていたのだが、生憎にもレッドの実家に手紙が届いていたのだ。母泣かせのレッドが実家にいるなど、天変地異をもってしか起こり得ない。
かくしてワタルの魔の手を逃れたレッドは、こうしてグリーンの部屋で茶を啜っている。そのいかにも平穏そうな落ち着いた様が、どうしても腹立たしかった。いつもシロガネ山にいるくせに、こういうときに限ってレッドはどこかへ旅に出ている。
手紙への返事は昨日までになっていたから、レッドは打ち上げに参加する必要はない。ワタルのことだから、レッドにもくだらない衣装を贈ろうとしていただろうことは目に見えていた。レッドがその恥ずかしい衣装を来て何とも気まずそうな顔をしている様子を見たら、さぞかし爽快な気分になれるだろう。
ワタルは、最初に会ったときはそんな趣味はなかったように思う。しかし纏っている衣装からして、その片鱗はあったのかもしれなかった。誰に吹き込まれたのか、それはわからないが何となく予想はできる。
「……お前さ」
声をかけると、レッドはお茶を飲んで一息ついてからグリーンを見た。髪の色と同じ黒い瞳は相変わらず深い色をしている。
その目だけは、今も昔もレッドの体で一番好きな部分だ。その瞳にじっと見つめられると、どうしてか少し心が落ち着くような気がする。つい昨日までレッドは旅に出ていたから、その瞳の色まで新鮮に見えた。
「なんつーか、いいタイミングにシロガネ山にいないよな。なんか超能力でもあんじゃねえのってくらい。つか、オレがあんな変な打ち合わせに出るのにお前は出なくてよくなったのがすっげえムカつく」
「仕方ないね」
「お前、涼しい顔して言うなよ! つか、百歩譲ってちょうどいいタイミングにシロガネ山から出るのはいい。でも外を飛び回るときは行き先くらい言えよ! 毎回毎回黙って黙って出て行きやがって!」
「……心配?」
どこか嬉しそうに言うレッドに、グリーンはその細めの肩を思い切り叩いた。
今の話の流れからどうしてそうなったのかがわからない。言葉の種類からして、レッドを心配しているようなことは一言も言っていなかった。鈍感と言えばそうだが、レッドの思考回路が時々わからなくなるときがある。
それでも、少しも心配でないと言えば嘘になる。やはりシロガネ山に見慣れた後姿があると安心するし、こうして話をするとレッドは確かに存在するのだと思えた。幼馴染以上の感情を抱いてからは、それが顕著だったように思う。どこかに繋いでおけたらいいだろうが、自由奔放という言葉を体現したようなレッドに合う鎖は存在しないだろう。
しばらく痛そうに肩をさすっていたレッドは、ふと制服に視線を向けた。ソファから立ち上がって箱の横に座ると、おもむろに制服を取り出す。
「ワタルさんが作ったのかな」
「んなわけねえだろ。あのボンボンのことだし、どうせ業者とかに作らせたんだろうよ」
レッドはそっか、と呟いて制服を見つめていた。少ししてから、制服とグリーンを見比べるように視線を交互させる。
その目が心なしか輝いているように見えて、グリーンは強い胸騒ぎを覚えた。
レッドがそんな目をしているときは、たいていよからぬことを考えているときだ。幼いころからの馴染みだからか、その予想はほぼ的中する。あとはその予想がどれくらい大きく逸れるかを期待するしかない。
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