ひよこがかわいそうじゃないですか | ナノ




「ぼくは……オムライスは、食べません」
「なんでだよ。コウキ、オムライスも好きじゃなかったか? ……もしかして、この前オムライス好きだってのを子供っぽいってからかったの、気にしてる?」

 だったらごめんな、と眉を落としたデンジに、コウキは首を激しく横に振った。
 それも確かに若干気にしていたが、今はそんなことが問題なのではない。そんな昔のことよりも、今はオムライスのことが最優先事項なのだ。

「だ、だって」

 いざ口にしようとすると、後に続く言葉のあまりの恥ずかしさに言葉に詰まる。
 コウキが俯くと、デンジはメニューから視線を上げた。その目は穏やかで、先を急かすというよりはコウキの言葉を待っているように見える。それに後押しされて、コウキは少ない勇気をすべてかき集めて自らを奮い立たせた。

「お、オムライスを食べたら」
「食べたら?」
「ひ、ひよこが」
「ひよこが?」

 勇気を振り絞ってそこまで口にしたものの、デンジの不思議そうな顔に気圧されて言葉が喉の奥まで引いていく。そうするとデンジはますます不思議そうな顔をし、コウキはいたたまれなくなって唇を噛んだ。
 男なのだから、これくらいのことで動揺していては情けない。たかだか一言二言のことだ。言うべき言葉がいくら恥ずかしいとしても、言うこと自体は難しいことではないはずだ。それなのに胸の中にある小さなプライドが邪魔をして、それより先の言葉が出てこなかった。
 どちらにせよ、一度言いかけたことをやめるわけにはいかない。ここまで口に出してしまったなら、最後まではっきり言ってしまったほうがいいに決まっている。それに、こんな場所に連れてきてくれたデンジを長く待たせるのも申し訳なかった。
 コウキは意を決し、デンジを見る。そして迷いだとか恥ずかしいだとかいう感情をすべて振り払って、口を開いた。

「……っ! お、オムライスを食べたら、ひ、ひ、ひよこさんがかわいそうじゃないですか!」
「……はあ?」
「だって、卵のまま食べたらピヨピヨとすら鳴けないんですよ! か、かわいそう……じゃ……」

 最後は聞き取れないくらい声が小さくなり、コウキは羞恥のあまり俯く。
 今はきっと、耳まで赤くなっているに違いない。顔が、まるで風呂上がりのように熱くてたまらなかった。
 たった一言二言であろうと、言葉が持つ破壊力は想像以上に大きかった。出来ることならば、雪のように溶けてから蒸発して消えてなくなってしまいたい。
 デンジは呆けたまま、何も言わずにコウキを見つめている。コウキはそれを見、ますます顔を赤くして俯いた。半分わかっていた反応だったが、いざすべてが終わってからだとまたダメージが違う。デンジが先程のコウキを見てどう思ったかなど、考えたくもない。
 やはり、雑誌に書いてあったことなど信用するべきではなかった。自分が感じるがままの行動をしていれば、少なくともこのようなことにはならなかったはずだ。こんなことをしなければ、きっと今頃デンジと穏やかに美味しい料理を食べていたに違いない。
 いったいデンジにどう申し開けばいいのだろう、とコウキは頭を痛める。あの様子だと心の底から引いているようだし、謝ったところで許してくれるかもわからない。誤解だけはどうにかして解かなければいけないが、どのように事を伝えればいいかもわからなかった。下手に弁明すると、よけい誤解を深めてしまうような気さえしてしまう。
 吐息混じりの声が、デンジの口から漏れた。そして頭を抱えてから、コウキを見る。
 その目からはうまく感情が読み取れず、コウキは次に来る言葉に恐怖を覚えた。何を言われてしまうのか、もしかして別れを切り出されたりしないか、そんなことばかりが脳裏をよぎって離れない。

「……コウキの言いたいことは、わかった」
「は、はい」
「ごめん」

 それに、コウキの背筋が一瞬にして凍りつく。
 やはり、先程の暴挙はデンジからすれば最悪のものだったらしい。よく考えてみれば、普通の人間は決してこんなことは口走らない。それを鑑みれば、このデンジの対応は至極当然のものと言えた。






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