開けたその先の部屋は物置部屋。
中は思っていた以上に広い作りになっていてあちこちに物が置かれている。
随分人が入っていないのか埃が多い。
鼻と口元を手で覆いアリスは中を見渡した。
「いろんな物が置いてあるわね。しかもどれもこれも高そう…」
足を引っかけないようにしないと、とアリスはこの国に初めて来るきっかけになった出来事を思い出して真顔になった。
あの時は偶然積み上げた本に足を取られただけだから今回も同じことはしないだろうと考えていると何かを踏む。
「え」
それは大きな布で。
次の瞬間にはズルリと布が滑りそのままアリスは派手に倒れた。
部屋に大きな音が響き埃が舞う。
「…一度あることは二度起こるのね」
倒れたまま乾いた笑いを溢した。
もう、と言いながら立ち上がり服に付いた汚れを払い顔を上げると先程は無かった物が目の前に現れていた。
大きな姿見の鏡。
「鏡?いつの間に。さっきはなかったのに。もしかしてこの布で覆っていたのかしら?」
足下にある布と鏡を交互に見る。
だとしたら自分が踏んだから布がずれて動き、鏡が現れたのかもしれない。
そう結論付けて大きな鏡を覗きこむ。
ただ自分だけが写る。
「綺麗な鏡」
心なしかキラキラと光っているように見え首を傾げる。
気のせいだろうか?
「まあいっか。もうこれ以上何も無さそうだし戻ろうかしら」
鏡の前から移動しようとすると急に鏡が波をうったように波紋を広げた。
「えっ?なにこれ」
突如起こった怪奇現象にアリスは目を見開く。
波紋が数回浮かんだその時、鏡の向こうに自分ではない人物が映った。
「ゲートがまた開いたか」
黒く長い耳、片目にはモノクルをし、何も感じてはいないような顔。
淡々と喋る黒い兎。
「最近はよくゲートが開く。またあの双子の仕業か。こちらとあちらを繋いでも何も意味が無いのだが」
「…あなた誰なの?」
それにゲートって。
アリスの問い掛けにも黒兎は反応しない。
ただ己の手にある数枚の紙を見つめているだけ。黒兎は深い溜め息を吐いた。
「ここはもう閉じるか」
「ま、待って!」
鏡に映る黒兎の姿が揺らぎ消えていく。おもわずアリスは手を伸ばし鏡に触れるとその手は鏡をすり抜けた。
「え…?」
あり得ないことにアリスは驚くが身体はそのまま引きずられるように鏡の中へと入っていく。
気付くとアリスは青い空間に落ちていた。
「きゃああああ?!何この空間?!いつの間に、これ一体どういう事なの?!」
あまりにも急な出来事で状況が理解できないと叫ぶが、そんな彼女の事はほっておいてどんどん下へ下へと落ちていく。
「あれ、この感じ…兎の穴のゲートと同じ?」
ふと気づいたアリスは一度深呼吸をして落ちながら周りを見る。
青くグラデーション掛かった空間。
周りに浮かんでいる透明なクリスタルや様々な大きさの鏡やチェスの駒達。
雰囲気は違うが色の国に来る際と酷く似ている。
そういえば、さっきの黒兎がゲートと言ってたような…。
「ってことは色の国とはまた別の場所に飛ばされるってことなの!?ダイヤちゃん、皆ー!!」
助けてー!と叫ぶが何の解決にもならず。
すると周りが光輝き咄嗟に目をつぶった。
次に目を開けた時には床は白黒市松模様、壁はガラス張りの不思議な部屋にアリスはいた。
「ここ、どこなの…」
以前と同じ様な台詞を口にしたアリスはあまりの出来事にただ愕然と立ち尽くしていた。
***
時は戻って女王の城。
「アリスー?どこにおるんやー?」
いっこうに戻ってこないアリスを探してダイヤ達は各々散り散りとなり城内を探していた。
方向音痴のロウはダイヤに任せメアリーはスイスイと飛びながらアリスの行方を探すが見つからない。
「どこにもおらんやないの。このまま探しても埒がアカンな。仕方ない。あの手使お」
そう言うとメアリーは通路に置かれている骨董品に触れ意識を集中させるとふわりと周りに光の粒子が浮かび上がる。
「ちょっとアンタの見ていた記憶見せてもらうで?」
メアリー曰く、物にも記憶があるらしい。
本当かどうかは定かでは無いが夢魔の彼女にはそれを見ることが出来るらしいのだ。
数秒間触れながら目を閉じていたが、スッと目を開く。
「なるほど。あの子あっちに行ったん。アリガトな!」
欲しかった情報を手に入れ骨董品にお礼を言ってメアリーは素早い動きで飛んでいく。
そうして辿り着いたのは例の地下物置部屋だった。
メアリーはそのまま扉をすり抜け部屋の中へと入る。
「あの子ったらこんなとこに入ってんたん?」
服の袖で口元を覆いながらは中に進んでいく。
視線を動かすと床の不自然な埃の後がここに人が居たと証明していた。ふむと思案するように口に手を当て思考を巡らす。
そしてそのまま近くにあった鏡へと視線を動かした。
「これ、やろうな」
手を伸ばし鏡に触れると流れ込んでくる記憶。
突然現れた黒兎。
追いかけるようにして鏡に吸い込まれたアリス。
そして二人が居なくなった後に鏡に映った二つのよく似た顔。
「…そういうこと、ね。嘗めたことしてくれたなぁ。双子」
合点がいったメアリーは不適に笑うと自らも鏡の中へと進んで行った。
メアリーは気づかない。
自分の記憶には無いはずの住人の名前を呼んでいたことに。