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もう消せない


「また……いちいち緊張しなくていいんだってば」
「ごめん。お、邪魔します」
「どーぞ?」
「もう……笑わないで」
「そりゃ、笑うデショ」

 蛍くんのお家にお邪魔するのは結構久しぶりだった。例え久しぶりじゃなかったとしても緊張してしまうのは仕方ないので、もう誤魔化すとかはしない。
 それでも私を見て楽しそうにする蛍くんに意地が悪いと思わなくもない。けれど、仲直り出来て良かったと思う方が圧倒的に勝っていたので、文句を言うことはやめにした。
 何となく気まずくなって経緯を全て吐き出させてもらって、それから私が悪いと言われて。「僕が気を付ける」の意味はよく分からなかったけど。
 変わったことと言えば、蛍くんが少しだけ。ほんの少しだけ、周りに人がいる時も二人でいる時と同じ接し方をしてくれる様になったこと。
 おかげであまり親しくない子からも「月島くんと付き合っているの?」と聞かれることが増えてしまった。私の顔が真っ赤な時点で、「大体わかった」と言う人もいる始末。
 違うよ、付き合っていないよと言おうと思うんだけど。当の蛍くんが、同じ様に聞かれても「わざわざ言う必要ある?」とか「関係ないデショ」とか笑顔で一刀両断するものだから。

(嬉しいけど、何かちょっと罪悪感があったり……)

 多分、蛍くんがあえてやってくれているんだと思う。私が強引な人にまた絡まれない様にする為に。でもそれって、蛍くんはいいのかな。
 私は蛍くんが好きだから、他の誰に勘違いされたって困らない。だけど蛍くんはどうなるんだろう。私また、迷惑かけているんじゃないかな。

「またぼーっとしてる」
「えっ?」
「なまえは余裕があっていいですね。解けたんだぁ?」
「待って、まだ……」
「遅い。早く終わらせてケーキ食べたい」
「っふ、あは。そうだよね」

 蛍くんのお部屋に行って宿題を一緒にやっている最中だったのに、全然集中出来なかった。ケーキを食べたいと言った蛍くんの顔がそわそわとして待ちきれない様子が分かって、思わず笑っちゃう。
 仲直り出来て誤解も解けて、こうやって一緒にいることが出来て嬉しいなって思う。避けてしまっておいて何だけど、やっぱり近くにいられない間は寂しいなぁと思ってしまった訳で。
 やっぱり、こうやって蛍くんの近くで蛍くんの目を見て話せることが嬉しい。大好きって気持ちがじわじわと体の熱を上げてきてちょっと恥ずかしくもあるけど。

「つまんない事考えなくていいよ」
「そ……っ、つまらない事はないかも?」
「どうだか。勉強の答えと違って大体間違えてるし」
「そんな事ないよ。蛍くんに迷惑かもって……あ、」
「ほら。間違えてる」

 ぎゅっと鼻先を長い指でつままれて、眼鏡越しに睨まれてしまった。迷惑なんて言い方が間違いであることは、私にだってわかるのに。
 どうしてこんなに拘ってしまうのだろう。もしかしたら蛍くんだって、女の子から告白されて面倒だなぁとか思っているかもしれないのに。
 その防波堤のために私がちょうどいいって思っているだけかもしれないのに。そんな考えが頭をよぎって、ひゅっと息を浅く吸い込んだ。
 心臓もきゅっと震える。蛍くんがそんな冷たい人だとは思えないのに、自信の無さが間違った被害妄想を連れてくる。こんなことが言いたい訳じゃないのに。

「えっと、あの……蛍くんが最近、近くて」
「なに、嫌だった?」
「嫌とか……全く。二人でいる時みたいで吃驚するけど、嬉しい……よ?」
「っ!」

 そうだ。私はこれがちゃんと伝えたかった。嬉しいの。蛍くんに触れられることは嫌じゃないから。蛍くんが好き。
 だから、二人でいる時みたいな柔らかな目線も、素を見せてくれた時みたいなちょっと意地悪な表情も。その先に私がいられるならいつだって嬉しい。
 周りがどうとかはあまり関係ない。どうしたって色々言ってくる人はいるけど、私はつまり、蛍くんが嫌じゃなければ何も不満も文句もない。
 そう言いたかったのだと、顔を逸らして耳だけ赤い蛍くんを見ながら思った。可愛いなぁなんて思っていると、挑む様な目をして見つめ返してくる彼が反撃を開始する。

「なまえはたまに大胆だもんねぇ?」
「だっ、ええ?」
「あれー?忘れちゃったぁ?」

 楽しそうな蛍くんの語尾が、いつもよりずっと意地悪。こういう時はからかわれているんだと分かるのに、大胆と言われたら恥ずかしくなってくるのも事実で。
 私、何かしたかなと頭の中で思い出を再生し始める。もしかして、蛍くんへの気持ちが大きすぎて態度に出過ぎなんだろうか。

「わ、私、大胆なつもりなかった、けど。失礼なことしちゃった?」
「はぁ、その結論は検討ハズレもいいところだと思うよ?」
「だって大胆って……」
「結構大勢の前で宣誓してくれたよね?夏休みの時に」

 そこまで言われて思い出すのは、あの、部室棟前でのことだけで。一気に頭に血が上るのが分かった。あれは確かに、蛍くんの許可とか取らずに私が勝手に口走った自覚がある。
 恥ずかしさでどうしていいか分からないでいると、蛍くんが窮屈そうに体を傾けながら顔を覗き込んできた。本当に、意地悪だ。

「まだ付き合ってないんでしょ?」
「え、だって!まだ未来は誰にも分からないというか、そういう意味で!」
「へぇ、あっそ」
「……その、あの」
「少しくらい自惚れてもいいのかと思ったけど、違ったんだ。残念」
「え、あ、あの!」
「なに?」

 ニヤニヤと笑っている余裕綽々の蛍くんには、私が何を言いたいのかなんて。とっくにお見通しかもしれないけれど。
 これは、私が言わないといけないことだと思うから。少しつかえちゃって緊張するけど、息と一緒に音を吐き出す。それに、気持ちを一緒に乗せて。

「いいよ」
「はぁ?」
「ご、ご期待!ください……」

 最後の方は自信の無さが声にも現れて、小さくなってしまったけれど。ちゃんと目を見て言えた。すぐ逸らしちゃったけど。
 頭からつま先から全身がバクバク煩くはねている。どうしていいか分からずに黙ったままでいると、蛍くんの方からくつくつと喉に詰まる様な笑い声。
 慌てて顔を向きなおせば、ああ、こんな蛍くんは珍しい。口を抑えて笑ってくれるなんて。いい意味なのか悪い意味なのか、初めて見たから判断が出来ないけど。

「大胆だね、なまえ。後悔しないでよ」
「っ!」

 そう言って左頬を掠めていく蛍くんの長い指の腹。眼鏡の奥の目を見ると、吸い込まれそうな程真っ直ぐで。何を考えているのか、知りたい。
 私も少しくらい、期待していいのかな。
 蛍くんが好きだということに気づいて、それだけで幸せで嬉しくて持て余すくらいの気持ちだと思っていたのに。
 我儘で貪欲で留まることを知らない私は、新たな願望を持ち始めてしまった。しかも、こんなに恰好良くて素敵な蛍くん相手に。

 私も、蛍くんに好きになってもらいたい。好きだけじゃなくて、それだけじゃなくて。蛍くんの隣にいていいハッキリとした理由が、欲しくなってしまった。
 こんな私を知られたら、笑って許してくれるかな。嫌がられるかなぁ。まだ不安なままだけど、もう願いは消えてくれそうになかった。



***続***

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