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自販機近くにて


 いつものお昼休み、昼食の時間。友人からポンと提示された疑問は、唐突で曖昧だった。少なくとも、なまえにとっては。

「月島くんは置いとくとしても、なまえちゃんはさ、どうなの?」
「何が?」
「言われたりしないの?」
「……何を、でしょうか?」

 怪訝そうに眉毛を寄せていく友人に、嫌な予感がして身構えてから答えた。自身が人より細やかな機微に疎いということは、嫌という程自覚させられている。
 だから、丁寧に答えたつもりなのに。友人たちが顔を見合わせてため息をつくので、ますます不安を駆り立てられた。

「好きですーとか、付き合ってとか。告白的な?」
「え、え?」
「あ、先回りしておくけどラブ的なやつね」
「言われたことないよ。まさか!」
「そーんな驚くことなくない?」
「「なまえだし」」
「あー……」

 どうやら、友人達は自分より一足先に結論に達したようだ。ついていけていない焦りを隠しながら、曖昧に笑って見せる。その選択が間違いだと気づくのは、鼻をつままれてからのことだった。

「んっ!」
「結構いるよね?なまえちゃん狙い」
「いるいる。大人しめでいう事聞きそうだし」
「割とガチな人ね」
「由梨音ちゃん、怖い……」
「うっさい。私の話は別にいいんですぅ」

 友人の一人、由梨音が空気を混ぜ返してくれたことにそっと感謝をして、鼻から長く綺麗な指が離れたことにも安堵した。
 自分が誰かから告白などされたことはない。件の蛍のことを盗み見てしまったこともあり、その話題に動揺が走って小さく息を逃した。
 誰かが、自分を。なまえが蛍を想うだけの熱量で見ている人がいるなんて。とても現実的ではないと思えるのだ。

「私、飲み物買ってくるね!」
「あー、逃げたぁ」
「もう許してあげなよ、ほらぁ!」

 外へ出ると、自分の頬が熱いことに気づく。それは、蛍への気持ちを嫌という程自覚を促して有り余る。頭を大袈裟に振って、お気に入りの紅茶を目指して駆け出した。



(由梨音ちゃん、これいつも飲んでるやつ……)
「みょうじさん、ちょっといい?」

 自販機前で、ボタンを押す前に別のことを考えていた時だ。後ろから声をかけられて振り返ると、自分より背の高い男がこっちを伺っていた。
 名前を呼ばれたので、自分への用事だということはすぐ知れた。けれど、相手が胸の前で小さく指さす方向は、別方向だったことに疑問がつもる。

「えっと?」
「あー……うん。こっち、来てもらっていい?」
「わかり、ました?」

 相手は、なまえが返事を終える前に方向を変えて歩き出した。慌ててなまえもそれに倣う。
 知り合いではない。それが足を鈍らせていたのは分かっていたけれど。頭の疑問符が消えない内にと後を追った。

 自販機からほど近いところで、相手は勢いよく振り返ってなまえの方を見る。その顔に笑顔が浮かんでいたので、悪い話ではないと踏んでいたのに。
 次に飛び出した言葉は、なまえの予想から大きく外れ出した。

「みょうじさん、前からいいなって思ってたんだよね。付き合って貰えないかな?」
「え、え……ええ?私、ですか?」

 驚き過ぎて二の句が告げないでいるなまえをよそに、相手はぐっと一歩詰め寄ってきた。その分後ろへ後退すると、カツンと音を奏でて靴が何かにぶつかる。
 先程までの友人たちの会話を遠くに感じる。まるで予想されていたみたいなタイミングなのに、どこか別の世界の話の様だ。

「あの、すみません。私は……」
「やっぱり月島と付き合ってる?」
「ええ!?違っ、違います」
「じゃあお試しとか、どうかな?」

 反射的に制服のスカートを掴めば、自分の足が震えていることを知った。初対面の人間、それも同世代の男性との会話となれば少なからず緊張する。
 人見知りの自分を恨めしく思いつつ、唇を噛んで勇気を奮い立たせた。親しくもない人間に、蛍への気持ちを言うのは勇気がいる。
 それでも想いを伝えてくれた相手だと思えばこそ、なまえは正直なところを述べた。

「いえ、あの。私、好きな人がいて。付き合うのは出来ません」
「えーあー……別に彼氏いるの?」
「いえ!違い、ます」

 なまえの思惑としては、初対面にも近い人物ならば断った時点で引き下がってくれるものだと思っていて。尚も続けられていく会話に戸惑いを隠せない。
 数分前まで相手を認識していなかった自分が、何故こんな風に根掘り葉掘り聞き出されているのか。蛍へ告げたことのない感情は、心の奥底で大事に育てているものだった。
 活路を探す様に、視線を右端へと走らせる。見知らぬ生徒が一人、こちらを向いていて目があった。助けてくれと懇願にも似た感情を抱くものの、相手は気まずそうに目を伏せて早足で去ってしまう。

「じゃあさ、別に良くない?」
「え……やめ」
「俺もさぁ、めちゃくちゃ好きか聞かれるとさぁ……」

 いつの間にか詰まっていた距離は、なまえの腕が掴まれる程度には縮まっていた。自分が思っているよりずっとまずいことになっている。
 ここまできてやっと、なまえは腕に力を篭めて相手を睨み上げた。外れない痛みで、相手が何を言っているのかもう聞こえない。

「嫌……離し……痛っ」
「やめろや、ボケっ!」
「痛っ!」

 手首の痛みが消えていく。吃驚して目を見張ると、今度こそ顔見知りが立っていたので安心してしまった。
 もっとも、頭の中で無意識に助けを求めた人物とは、違っていたけれど。

「お前、何……痛ぁぁぁ!」
「影山、くん」
「まだ、何か用?」
「……っひ!」
「さっさと行け」

 男の手を少し突き放した影山が、眉間の皺を濃くさせていく。相手は怯みながら、逃げる様にこの場から去っていった。
 残されたのは自分と、深くため息を吐き出す影山だけ。お礼を言わなくてはならない。そう思っても、震えた唇からはなかなか言葉が滑らなかった。



***続***

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