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水族館に紛れて


 2学期始まってすぐの校外学習は、段取りを組む予定が難しいという理由で班は席順だった。皆から結構文句が出たけど、私はちょっと嬉しかったりする。
 席の近かった蛍くんと、同じ班になることが出来たから。もし班決め自由ですってことになっていたら、蛍くんはすごい倍率になっていそうだ。
 そこまで考えて、あの日のことを思い出してしまった。あの、中庭での告白。心底迷惑だという態度を崩さなかった蛍くん。
 思い出す度に、心臓の高鳴りがおかしくなる。本当はあれが優しさだってわかっている。未練なんか残したら、それこそ地獄かもしれないし。
 それでもドキドキと動悸が収まらない。だって、私。私なら。もしあれだけ冷たく突き放されても、諦められないかもしれない。
 自分の想いが蛍くんを困らせて負担になるかもしれないことを、初めて知った。それでいて同じ班になったら嬉しいんだから、すごく矛盾している。

「なまえ、先乗るよぉ?」
「あ、待って〜!」

 駆け足になって追いつくと、バスに乗り込んだ。一学期のオリエンテーリングが近所だったこともあり、二学期はバス移動。
 行先は水族館でちょっと嬉しい。けれど、レポート提出もあるみたいだから、しっかり観察しないといけない。

「ちょっと、席変わって」
「え、あ、蛍くんっ!?」
「何でそこで驚くわけ?僕窓際がいい」
「そっか……。どうぞ?」

 頭をぶんぶん振って課外学習に集中しようと決意したのに、それはすぐ失敗に終わった。後から入ってきた蛍くんが、悪びれもせずに窓際の席を譲れという。
 そうして、私が座っていた席に陣取ってから。立ち尽くしていた私の手首を座ったまま引っ張って、隣に着席させられてしまった。

「山口くんは?」
「寝たいから、誰も取り次がないで」
「……ハイ」

 私が隣でいいのか確認したものの、蛍くんはヘッドフォンを耳に当てると腕組をしてシートに深く埋もれていく。
 確かに、山口くんはずっと話しかけてきそうではある。それに私は黙っていろと言われれば黙るやつだと思われていそうでもある。
 だけど、蛍くんの肩に当たりそうで当たらない私の右側だけが。熱を集めてどうしようもなかった。



 バスの中では緊張していたのに、目的地に着いて入場してしまうとその緊張はあっさりと解けていく。
 薄暗い青と黒の照明に、水色の水槽のコントラストが綺麗で息をのんだ。水族館、久しぶりだしやっぱりすごく楽しみ。

「……なまえ、ねぇ」
「はっ!ごめん。皆は?」
「とっくに先行ったけど。僕も先行ってもいい訳?」
「蛍くん、もしかして待っててくれたの?」
「迷子になった方が面倒だと思って。余計だった?」
「ううん、嬉しいよ?」
「……ハイハイ。素直ですね〜?でもそろそろ次行くよ」

 またしてもやってしまった。ライトアップされたクラゲ展示のところでしばらくぼーっとしていたら、皆から遅れてしまったみたい。
 蛍くんはため息を一つ零してから、私の腕を掴んで歩き出した。その、一歩がいつもよりずっと大きくて。
 どれだけ遅れてしまったかを知る。少し小走りになりながら、私も必死でついて行った。

「か、可愛いー!」
「ラッコが可愛いって感性良く分からないんだけど」
「そ、そう?でも見て蛍くん!ラッコが手を繋いでるんだよ!」

 次に止まってくれたのは、ラッコがいる水槽の前。皆とはこの少し上のラッコショーのところで合流する予定みたい。
 分厚くて水滴の飛んだガラスの奥、ラッコが手を繋いでいる。目を閉じているから、寝ているのかな?それにしても和む。
 これを可愛いと思わないなんて、私には無理。

「水族館は海草がないからね。流されないように手を繋いでるんだよ」
「えっ?そうなの?」
「まぁ、水族館で流されることはないけど」

 博識な蛍くんに驚いて、凄いと言おうとして見上げた先。いつもより少しだけ柔らかな視線に捉われた。まさか、私の方を向いているとは思わなくて。

「あ、イルカとかペンギンも!可愛いって思うよ?」

 慌ててガラスに目を向けて付け足した。急に蛍くんとの距離が近過ぎるように感じて、左側がじわりと熱を上げる。この感じ、バスでもあったのに慣れなくて。

「イルカ、ねぇ」
「な、なに?」
「もしラッコみたいに寝てたら、可愛いなんて絶対言えないと思うよ?」

 声の調子ががらりと変わった蛍くんに嫌な予感がして、こっそりと斜め上を伺うとニヤリと意地悪そうな顔をしてこっちを向いていた。
 まるでさっきの表情は幻だったんじゃないかと思わせる変わりように、肩の力が抜けていく。こっそりと息を逃しながら、蛍くんの言葉の意味を理解することへ頭を使い始める。
 つまり、イルカの寝ているところは可愛くないってことかな。

「見たいような、見たくないような……」
「今は見れないと思うケド。半球睡眠だからちょっと怖いよ」
「蛍くん、詳しいね」
「……別に?」

 感心したから正直にそう言ったのに、蛍くんの表情がすっと引いていく。もしかして、これはちょこっと照れているとかそういうことかなぁ?
 可愛いとか、思ったら怒られるかな。

「ふふっ」
「なに?」
「楽しいね、蛍くん!」
「そりゃ、良かったね」

 あんなに苦しいと悩んでいたはずなのに、結局私は蛍くんの隣にいることが嬉しくて、楽しい。それがもう分かっているから。
 口に出して言うのは簡単だった。
 やっぱり私、蛍くんが好きだなぁ。それが迷惑なことかもしれないと気づいてしまったけど、今はまだ想っているだけだから、許して欲しいと思っちゃうんだ。



***続***

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