スンと鼻に空気が抜けて、息苦しいことに気が付いた。声が出そうになって慌てて口元を抑える。自分が隠れていたことを忘れそうになった。
咄嗟に頭を下げて耳元を手で覆って屈んだら、肩をしっかりと掴まれて。後ろを向くと、真剣な顔をした友人たちが見える。
「ちょっとなまえ!駄目!」
「そうだよ、見なさい!」
「……っ!でも」
「がっつり見て。逃げないの!」
気付けば私の両脇に腕が回されていて、友達に支えられる形になっていた。小声ながらも迫力のある言葉が、体を支えてくれる。
耳を塞いでいた手を取って、ぎゅっと手を握ってくれた。その温かさが、私の情けない気持ちまで立て直してくれる。
「皆、ありが……」
「しーっ!月島くん、喋るよ!」
「……悪いけど、他当たって?」
にっこりと笑ったままそう言う蛍くんの声が辺りを支配して、思わず息を呑んだ。多分、私だけじゃなくて、ここにいる皆もそうだったと思う。
それ位有無を言わせない感じがして、真っ向からそれを受けた告白した女の子は泣き出してしまった。
「ど、どうして、そんな酷い……」
「酷い?君も僕のことそんなに知らないデショ。それって失礼には当たらないの?」
尚も続く蛍くんの言葉には棘があって、もう笑ってはいなかった。でも、酷いとは思わない。泣いてしまいそうになる程辛い気持ちは、すごく分かるけど。
溜息を吐き出す蛍くんに、条件反射の様にビクっと肩が震えた。これ以上ここにいてはいけない気がして、中腰のまま後ずさりする。
「はー。月島くん、結構怖かったね」
「馬鹿!まぁ、覗き見は駄目よね」
「うん、そうだね」
「なまえ……」
帰り道は物凄く鬱々とした空気だ。中庭に駆け出していった時のテンションが、いっそ懐かしいほど昔に感じる。
胸辺りのもやもやが一向に晴れなくて、意味もなく手でさすってみても効果がなかった。
「ね、私たち何がしたかったんだっけ?」
「今それ言わないで、虚しくなる」
「月島くんの努力ってやつを見せたかったんだよね」
「あー、そうだった、なまえ!」
「はい!」
びしっと名指しされて、思わず背筋が伸びる。横を向けば友人たちが思い思いの顔をしていて、ちょっと複雑そうな気もする。
私は蛍くんの告白されたところを見て辛かったけれど、その意味を考えなきゃいけないらしい。それは分かるのに、ちっとも考える余裕がなかった。
「その顔は、分かんないって顔ね」
「蛍くんって……モテるんだね」
「「「当たり前でしょ!」」」
「そう、だよね」
蛍くんがとても人気があるのは、何となく察しているつもりで。それが本当につもりにしかなっていなかったことを実感させられた。
あんな風に告白されているところを、私は見たことがなかったから。皆は知っていたんだなぁ。そう思うと、涙が滲んできた。でもここで泣くなんて駄目だ。
「ち、違うからね。あんたに辛いもの見せたいだけって訳じゃないからね?」
「あー、月島くんの気持ち分かる」
「私も」
「月島くんもなまえに隠してたの!全力で。この意味分かる?」
皆がフォローをしてくれようとしているのが分かって、顔を上げてパチパチと瞬きを繰り返した。意味というのは、真意ということなら。
情けないことに、蛍くんが私に告白されるところを隠したがっている意味は分からない。そもそも、本当に隠したがっているかどうか分からない。
釈然としないまま顔を左右に振れば、すぐ横から溜息が漏れ聞こえてきた。
「節介だったかな、私ら」
「まぁ。月島くんも隠してたからね」
「そだね。何かごめん」
「ううん。私こそ、ごめんね」
順々に縦に長くなって、帰りはバラバラに教室へ入っていく。何だかアリバイ工作みたいだな、なんて思ったところで、主のいない蛍くんの席が目に入った。
告白って、振られたりしたら傷つくって思っていたけど。断る方だってしんどかったり辛かったりするんだなぁ。蛍くんの横顔を見てそう思った。
わざと酷いことを言って、怒らせて。もし、私が蛍くんに同じ様に酷い言い方をされたとしても。それが本音だって思い込んで、諦められるだろうか。
(隠したいって、そういう意味もあったのかな)
さっきは初めて見たから、焦って体が動かなくなってしまったけれど。もし、同じように言われると心の構えが出来ていたら。
例え恥ずかしくてみっともなくても、食い下がってしまうかもしれない。ぎゅっと制服を握りしめて、想像だけで苦しくなった息を少しずつ逃がした。
「邪魔」
「……うわぁ!」
「教室の入り口に突っ立てたら他の人間に迷惑」
後ろから聞きなれた声がして、押されて自分の席まで移動する。ぼーっとしていた自分が悪いのに、蛍くんの顔を見ることも怖かった。
変わらない声色は、口調よりもずっと優しい。これが急になくなってしまう日が来たら、私はきっと寂しいと思う。悲しいと思う。
(だったら、今のままでいいなぁ)
「……なまえ?」
「え?」
「なに、本当に変なんだけど」
「もう、蛍くん失礼だよ!」
「あー……やっぱりいつも通りだった」
口の端を上げて笑う蛍くんは、すっかりいつもの人を食ったような顔をしている。情けないことにそれに安心してしまって、さっきの光景は幻だったのかなぁなんて思った。
そんな訳ないことは、自分が一番分かっているのに。これ以上最悪の想像をするのが怖くて、まだ考えがまとまらない振りをした。
***続***