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急降下に酔う


 学校のお昼休みは、お弁当を持って友達の席へ私から行くのがいつものパターン。それなのに今日は違っていて。
 チャイムが鳴ると同時に、何故か一斉に声をかけられた。

「なまえ!」
「お弁当食べようねー?」
「今日は天気もいいし移動しよー!」

 何人かの友達に引き摺られるように教室を出て行く。芝居がかった弾む声にどうしたんだろうと思いながら見上げても、何も分からなくて。
 教室を出る前に目が合った蛍くんは、頬杖をついたまま溜息を漏らしていた。

「えっと、今日は何かあるの?」
「ほーぉ。そこが分かる様になっただけでも、なまえってば成長したわぁ」
「そうかな?」
「っぷ、誉めてないからね!」
「ちょっとここに座りなさい。今日は近くに月島くんもいないし、全部ぶっちゃけて貰うからね!」

 ニヤニヤと楽しそうな顔を向けてくる皆が、箸入れをマイク代わりに向けてくる。ここまでくれば流石の私でも、皆の言いたい事が分かってしまった。
 正確には、聞きたいことか気になること、ってことかもしれないけれど。

「月島くんと、どこまでいったの!?」
「え……何処って、」
「お祭りまでとかそういうのいいから」
「ちゅーした?」
「ちょっと、いきなり過ぎでしょ?なまえが固まってる!」

 分かっていたつもりだったのに、それは少し外れていて。私はてっきり、蛍くんと付き合っているかどうかを聞かれるものだと思っていた。
 お弁当の蓋を持ったまま動けなくなった私に、友達が目の前で手を翳してくる。誤解を解くところから始めようと思って、発した第一声は上擦っていた。

「わ、たし!蛍くんと付き合ってないよ」
「え……まだ?」
「マジで?まだ?」
「うん。えっと、変かな?」
「いやー。夏休み中に付き合うようになったかと思ったんだよね」

 その一言に、他の子もうんうんと頷く。どうやら私が蛍くんを好きだということは、夏休み中の一件でクラス中の女の子に知られてしまったみたいだ。
 すごく恥ずかしいけれど、それも仕方ないと思う。部室棟の前であんな大胆なことを言ってしまったのも、単に独占欲とか嫉妬心だったから。
 今思うとオリエンテーリングの時から、蛍くんにベタベタと触るあの子のことをすごく気にしていた。あの頃は羨ましいとか、そういう事ではなかったけれど。

「でも、私、私ね……」
「うっわ!なまえ、顔真っ赤!」
「んもう!分かってる!分かってるって」
「蛍くん大好きー!って顔に書いてあるからね?心配しなくても、ここにいる人間は皆あんたを応援してるから」

 そう言われて、これ以上は無理なくらいに心臓が締め付けられる。痛くて苦しいのに、嬉しい。人を好きになるって、複雑なことばっかりだ。
 今だって恥ずかしくて逃げちゃいたい位なのに、皆が嬉しそうにしてくれるから。やっぱり私も嬉しいって思うんだ。

「あ、ありがと……」
「でさぁ、普段どんな会話してるの?」
「それ、私も気になる。月島くんってレスとかマメなの?」
「えっ?」
「人の恋バナ聞いてるばっかじゃなくて、あんたもちょっとは話のネタになんなさい!」

 ぐいぐい迫られる感覚に、出そうになっていた涙が引っ込んでちょっと可笑しかった。女の子はこういう話、好きだなぁ。
 私も聞いてばかりいた自覚があるから、蛍くんとのやり取りを思い出して話してみる。そういえば、こないだの悩めと言われたこと。あれも答えが見つかっていない。
 私の主観だけになってしまうから難しいかもしれないけれど皆に聞いてもらおうと思って、覚えている限りを蛍くんの言葉も全部話した。

「なまえ、マジで言ってんの?」
「うわぁ……」
「「月島くん、可哀想!」」
「え、え?どういう……?」

 話している途中から、皆の表情があやしくなってきたとは思ったけれど。蛍くんが可哀想なんて言われるとは思わなかった。
 皆からすれば、単純明快な答えだったのかな。そうするとやっぱり、私がいけないのかもしれないけれど。

「まぁ、でも。なまえは知らないんじゃない?」
「ああ。注意してるってそういう意味?」
「そっか!なまえがまた変に勘違いしたら面倒臭いもんね、納得した!」

 面倒くさいと言われて結構へこむ。でも私がすぐに思い悩む性格をしているのは自覚があるので、何も反論しないでおく。
 それよりも、皆が行き着いている答えの手がかりが欲しかった。答えそのものでなくていいから。

「ねぇ、それって……」
「あ、今引き返したら見れるかも!」
「そうか!なまえいないから」

 皆は思い思いに頷き合った後、食べかけの昼食を仕舞い出した。私がもたもたしていると「早く行くよ!」と掛け声が飛ぶ。
 一体何がどうなってこの行動力が生まれるんだろう。女の子って本当にすごいと思う。



「皆、どこ行く……」
「しーっ!もう此処から小声ね!」
「ターゲットいますか?」
「ん、ん!ビンゴ!月島くん呼び出されて中庭行ったって!」

 一足先に教室に戻っていた子からの情報に、何故か諸手を挙げてガッツポーズ。私は訳が分からないまま混乱していると、再び腕を掴まれて走り出した。
 行く先は、聞かなくても中庭だと分かる。でも嫌な予感しかしなくて、一歩近づく度に足が重くなっていく気がした。

 何故か中腰のまま遠回りして中庭に着くと、人通りが少ない部室棟寄りの方に蛍くんがいるのを見つけた。その目の前には女の子がいて、私の足はついに動かなくなる。

「これ以上は近づくとマズイ?」
「ってか、もう充分まずいっしょ!」
「静かに。なまえ、こっち来て!」
「……でも」

 あんまり見たくないとは、背中を押されているこの状況で口から滑らなかった。さっきから心臓が煩いくらい早鳴りしているのに、いつもの幸福感はない。
 恥ずかしいけれど嬉しくて、温かいあの気持ちはなくて。代わりに、手先が冷えていく感覚。遠くから覗く蛍くんの表情に変化は無い。
 その冷たい眼差しは最初に出会った4月頃の事を思い起こさせて、体が震えてきた。

「好きです。付き合ってください!」

 女の子が顔を真っ赤にさせながらそう叫ぶ。警鐘を鳴らす必要もなくなったのに、私の心臓はそれを続けたままだ。
 蛍くんの顔を見ているのが怖い。私は思わず耳を覆って、目を瞑って身を縮こまらせてしまった。



***続***

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