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貪欲な想い


 前からチェックしていていつか行きたいと思っていたお店に蛍くんが行こうと提案してくれた時は本当に嬉しかったけれど、着いた途端に少しだけ後悔した。
 夏休みのお昼過ぎ。ケーキみたいに鮮やかな色合いの女の子たちの列がお店の外まではみ出していて、身につけているアクセサリーが太陽に照らされて綺麗だ。
 そんな彼女たちは夏の暑さに負けない位眩しいけれど、それを見た蛍くんが露骨に嫌な顔をしたのも事実で。何故か謝りたくなってしまって思わず手を胸の位置で握り締めた。

「今度にする?」
「いいよ。どうせいつ来ても混んでる気がする」
「うーん。雑誌とかで紹介されたのかな?」

 前に通りかかって見つけた時は、こんな混み具合ではなかったのに。奥歯をきゅっとかみ締めて、さっさと最後尾に並ぶ蛍くんに慌てて倣う。
 すぐ前の女の子たちが、自分の後ろに並ぶ背の高い男の子に一瞬目を奪われて。それから意味の無いひそひそ話を始めた。
 意味の無いっていうのは、小声のつもりが聞こえているって意味。勿論、これみよがしに大きな溜息をつく蛍くんによって、その声は完全に遮断されてしまったけれど。

「蛍くん、ごめんね?」
「何が?僕と来るの嫌だったわけ?」
「違……、そんな訳ないよ」
「じゃあいつになったらその意味のない謝罪をやめる努力をするんですかねぇ?」

 たっぷりと角度を付けた後斜めから見下ろされて笑われて、またやってしまったと思う。一度目は留まれたのに、結局謝ったら意味がない。
 そんなことをぐるぐると考えていると、頭にゴツンと痛くない拳が降る。いつの間にか当たり前の様になってしまったのに、いつまでも緊張してしまう。
 この柔らかで一瞬触れる手が、他ならぬ大好きな蛍くんのものだと見なくても分かっているからかもしれない。

「だから、考え過ぎだってば」
「ごめ……じゃなくて、ありがとう!」
「ん。なまえのケーキに関するセンスだけは信用してるから」
「え、それだけ?」
「っぷ、どうだろうねぇ?」

 私をからかって笑う蛍くんは少し大きな声で笑う。それを見て再び振り返った女の子たちが、意外そうに目を丸くした。そうなんです。怖そうだけど怖くないよ。
 すっごく優しくて、格好良くて、苦手なことにも向き合おうとしている、とっても向上心のある人だよ。でも、好きにならないでね?

「わぁ、違くって!」
「はぁ?いきなり何?」
「え……声出てた?」
「ちょっと静かに出来ないの?迷惑なんですけど」

 指摘されなくても、自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。変なことを考えてしまった。知らない女の子に好きにならないで、なんて。
 独占欲剥き出しで恥ずかしい。私は蛍くんの彼女でも何でもないのに。ただ好きでいられればいいって思っていたのに。
 自分で気付いた矛盾に、楽に答えを用意することが出来なくて。店内に案内されてケーキが目の前に現れるまで、モヤモヤした気持ちが残ったままだった。



「なまえにわざわざ言うことでもないのかもしれないんだけど」

 そう言って蛍くんが話を切り出したのは、ケーキを食べ終えてしまって紅茶を飲んでいる最中のこと。カップを傾けながら目線を逸らす蛍くんを見て、小さく息を呑む。
 言ってくれるなら何だって聞く。私はつくづく、蛍くんについて知らないことが多いなぁと思うばかりだから。待ちきれなくて先を促してしまった。

「えっと、どうしたの?」
「代表決定戦が10月にあるって言ったよね」
「うん。それで県代表が決まるんだよね?」

 一緒に勉強をした時に教えてくれたことを頭で反芻して、否定の言葉が返ってこないことにほっとする。こないだ観に行った試合は一次予選ってやつだ。
 もしかして次の日程の予定を教えてくれるんだろうか。私はとても分かり易く期待してしまったんだと思う。こっちを振り返った蛍くんが少しだけ眉毛を垂れた。

「それまで、自主練の時は仙台に行こうと思ってる」
「仙台?」
「あー、兄ちゃんのとこ。練習混ざらないかって言われてるから」
「そうなんだ。凄い!」

 予想と違っていた情報がもたらされて、目の前で手を合わせてしまった。高校生なのにもっと上の人と練習するってすごいなぁ。
 蛍くんは大人より大きいから、関係ないと言えば関係ないのかもしれないけれど。自分だったらと置き換えたら、絶対萎縮してしまう。
 それに、蛍くんが積極的に練習に参加すると聞いて、素直に嬉しいと思った。思ったのに、次に続いた言葉を上手く呑み込めなかったのは。
 やっぱり私が悪いと思う。

「だから、さ。しばらく放課後とか行けないと思う。夜遅いし」
「あ……うん」

 蛍くんが本当に言いたかったことがコッチだと気付いて、喜んでいた気持ちが凪いでしまう。私は嫌なヤツだ。蛍くんが頑張ろうとしていることを、素直に喜べないなんて。
 ぼんやりと焦点が合わなくなってきて、頭が重たげに傾いてきた時。視界に捉えられなかった所為で、綺麗に脳天に刺さった手刀が体にまで響く。

「痛っ!」
「そんな露骨に悲しそうな顔しないでくんない?」
「ご、ごめんね!応援する気持ちもあるからね、嘘じゃないよ!」
「分かってるよそんな事。そこは全然悲しくないって言う流れじゃない?」

 それが本心でないことは、私にも分かる。蛍くんが目を合わせずに皮肉を言うことは結構少ない。いつも真っ直ぐに見て言ってくるから、本気にしちゃうこともある位だ。
 私が落ち込んでいる所為で蛍くんにこんな顔させるなら、空元気だって何だっていい。嘘だとバレバレだっていい。

「うん、ごめん。蛍くんが頑張ってるの知ってるし、応援してる。だから淋しくなんかない……よ」
「馬鹿じゃないの?」
「ひ、いひゃ!」
「本当に言えなんて言ってないでしょ」

 見下ろしてくる蛍くんは、結構本気で怒っている気がする。淋しくないなんて嘘っぱちで、顔にも出ていると思うから。
 蛍くんなりの「無理するな」って意味だろう、きっと。引っ張られた頬はじんじんしていて、まだ掴まれたままなのが気になるけれど。

「学校で会えるんだし」
「うん」
「休みの日とか行くし」
「うん……でも、休む時はしっかり休んでね?」
「そこはうんって言ってるだけでいいだろ」

 呆れた様に溜息をつくから、もう余計なことは言わないでおこうと思った。少しだけ身を乗り出していた蛍くんが、手と一緒に体を引っ込める。
 離れていく手はもう感じられないのに、頬に残る感触はじんわりと温かい。痛いと文句を言ったくせに、恋しく感じてしまうんだからどうしようもない。

 蛍くんがカップに手を伸ばしたのに従うように、同じ様に紅茶を飲む。少しだけ冷めてしまった紅茶の香りが、鼻先に届いてツンとした。
 人を好きになるって幸せなことだと思っていたけど、私は段々我儘になっていっているなぁと思う。このテーブルを挟んだ距離がもどかしいなんて。
 浅まし過ぎて蛍くんに伝えられる訳、ないのに。



***続***

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