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弟の可愛い人


 一次予選をしっかり決めてきたというのに、相変わらず弟はクールなもんだった。年齢の所為か思春期の所為か、それとも俺があんな姿を見せてしまった所為か。
 長年避けていた部分を弟と話が出来たし、そういう意味でも今回の帰省は良かったって思った。ちょっと強引だったけど、練習にも誘えたし。
 13日には帰る予定でいるから、もうちょっとスキンシップ取りたい。とかそんなことを思っているなんてバレたら「気持ち悪い」と一蹴されそうだから、言わないけど。
 せっかく同じ家にいるのに、蛍はまた部屋に入っちゃったし。どうしていいか分からずにそわそわしていたら、母さんがにこにこしながらケーキを出してきた。
 そのケーキに、一瞬で思考まで奪われる。帰省の度に食べられるケーキはココのやつが一番旨い。見た目も何か好きだ。どこがどう、って聞かれると難しいんだけど。

「ここのケーキうまいよな!」
「美味しいわよね、なまえちゃんチのケーキ!」
「なまえちゃん?」

 聞きなれない名前を呼ぶ母さんは、口元に手を当てて嬉しそうに笑う。どう見たって含みのあるそれは、聞いて欲しいという合図だ。
 そう思って夕方のことを反芻してみると、蛍が試合終わりなのにケーキの箱を抱えていたのを思い出す。ショートケーキ好きの弟だから、とくに聞いたりしなかったけど。

「実はね……」

 母さんがソファに座ったところを見ると、この話は長引く気がする。自らも淡い緑の綺麗なタルトを取り出して皿に盛りつけていた。
 箱の中にはショートケーキはとっくになくなっていて。夕飯前に平らげたのかと思うと、大きな図体をして甘いもの好きの弟が少し可愛く思えた。



「蛍、練習もう終わったのか?」
「うん。今日は短め。また明日からしんどいし、ちょっとでも宿題進めとく」

 次の日。帰ってきた蛍の部屋を思いきってノックして開けてみると、荷物を入れ替えている様子で。黙々と作業をしている姿に、何となくピンと来た。
 大体練習終わりはだるいししんどいし、蛍なら音楽聴いて雑誌読むとかしそうなもんなのに。

「母さんから聞いたんだけどさ、なまえちゃんチのケーキうまいな」

 眉が片側だけ釣り上がったのを見て、口が笑うのを抑えられない。蛍は小さな声で「ゲッ」と反応を返して、冷たい視線を寄越してきた。
 すっかり俺より大きくなった弟に、軽く見下されている気がする。でも、そんなことでへこたれていたら蛍の兄貴は務まらない、多分。

「なまえちゃんってどんな子?可愛い?」
「関係ないだろ……」
「そっかぁ、兄ちゃん明日までこっちいるし暇だしなぁ。もう一回あそこのケーキ食べたいから買いに行こっかな!」

 可愛いか聞いた時は余裕ぶって視線を鞄に戻していたくせに、俺が買いに行こうかと言い出せば露骨に嫌な顔を向けてきた。
 こういう挑発に乗りやすいところはまだまだ可愛い。遠慮なく蛍の部屋へ踏み込んで、ベッドに腰かけて足を伸ばした。

「もしかして、俺に試合見に来て欲しくない理由ってそれも含むわけ?」
「……何が」
「なまえちゃん。彼女なんだろ?」
「彼女じゃないし。なまえちゃんって何かおじさんみたいだから止めなよ」

 溜息を吐き出して視線を地面に落としこんだ蛍が、携帯を掴んで時計を確認した。俺の予想は当たりの様で、勉強を誰かとしにいくつもりらしい。

「勉強なら前みたいにウチに呼んでやればいいのに」
「母さんってそんなお喋りだっけ?」
「お前が話すなオーラ出してるんじゃないの?母さん結構お喋り好きだし」

 無言で反論しないところを見ると、思い当たる節も少しの罪悪感もあるらしい。俺はニヤニヤするのを止められなくて、蛍に思いっきり嫌そうな顔をされた。

「……で?」
「ん?」
「何が目的なわけ?」
「おまえ、本当にかっわいくねーなぁ」
「だから、可愛さとか求めないでって」

 溜息一つだけを残して、蛍が携帯を操作し始める。彼女じゃないなんて言いつつ何でもないとか関係ないとか否定の言葉をばっさり言わないあたり、なかなか。
 その、なまえちゃんという子はすごいなぁと思った。この可愛げのない弟の懐に随分介入しているみたいだ。これは俄然会ってみたい欲求が勝る。
 俺がそわそわし出したのを確認して、蛍が溜息を吐き出す。こうなったら俺が強引なのはあっちも重々承知のようだ。嫌々な顔を隠しもせずに、携帯を寄越してきた。
 画面にはみょうじなまえと表示されていて、電話をかけた後だ。スピーカーのマークが長い指で押されて、しばらくするとコールの音が途切れた。

(もしもし、蛍くん?)
「ごめん、もう家出た?」
(ううん。大丈夫だよ。どうしたの?)
「あー……野次馬兄貴がなまえと喋りたいって、ホラ」
「えっ!なにその雑な紹介!」
(……っ!)

 電話越しに息を飲む雰囲気が伝わってきて、動揺する俺とは反対に蛍は喉をつまらせながら笑い声を漏らす。なまえちゃんの反応は予想通りらしく、随分ご機嫌な声が続く。

「緊張とかしなくていいから。いきなり店に来られるよりいいデショ」
(え、お店来……)
「行かせないから」
「うお、酷っ!あのケーキ美味しかったのに。もう一回くらい食べたかったのにー!」
(あ、あ、ありがとうございます。いつでもどうぞ!)

 戸惑いつつも商売時の常套句らしい言葉になってやっと大きい声が聞こえてきた。こっちまで蛍の気持ちが伝染してきそうだ。これは確かに、可愛いよなぁ。
 なんて、オヤジくさいことを考える俺の顔はだらしがなかったんだろう。蛍が無言で睨んでくる。怖い、怖い。

「これからも、蛍を宜しくお願いします」
(わ、私の方こそお願いし……)
「何そのオヤジ臭い台詞。意味不明だから」

 電話越しにも関わらず、ちょっと腰まで曲げてしまったのは社会人の性だろうか。視界に床しか映らなかった俺に、蛍が横から携帯をさらう動作を防ぐのは不可能だった。
 携帯を握るついでに俺の手の甲にぐりぐりと親指を押し付けるのは流石の一言。結構痛いぞと睨みつけると、「こういうのは本気にしなくていいから」と電話越しの相手に説教かます弟がいて。

「っぶは!」
「……じゃ、あとで」

 俺が我慢できずに噴出してしまったのを認めて、手短に会話を終わらせた蛍に焦る。だって笑っちゃうのは仕方ない。
 怒ったような口調で諭す横顔は、まるで噛み合っていなくて。あんなに優しい顔も出来るんだと、寧ろ感心してしまった位だ。

「なに?」
「んーん、お兄ちゃん嬉しいなー!」
「……性格悪」
「俺も彼女欲しくなってきた、くっそー!」
「だから彼女じゃないってば……」

 面倒臭そうに溜息を吐き出す蛍には悪いけど、それは説得力が無い。相手がいないから仕方なく自分で自分の腕を抱きしめたら、さっさと出て行けと言わんばかりに睨まれた。
 はいはい、お邪魔虫は退散しますよ。いつかなまえちゃんを彼女だって否定しない日が来たら、俺にも会わせてくれるかなぁと期待はしておくよ。



***続***

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