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遠くからBraisage


 会場に着くと緊張してしまうのはもうお決まりのことで、私はそれに逆らわないことにした。夏休み中に開催される春高の一次予選は、烏野が二回勝てば次に繋がるらしい。
 嶋田さんとの一件で蛍くんは呆れている様に感じたけれど、ちゃんと試合のスケジュールを教えてくれた。私が行ってもいいかと聞いても、否定しなかったし。
 だからそう、多分、大丈夫。呪文みたいに繰り返しては、自分の中で大きくする。私の考えと蛍くんの考えが違うのは当たり前。
 フェアじゃないとも悩めとも、蛍くんは言った。これは私が考えるべきことだけど、蛍くんとぎくしゃくする必要はない、筈だ。

「そうそう、だからだいじょー……」
「ふぎゃっ!」
「え?」

 背中に柔らかい衝撃と一緒に声が届いて、後ろを振り返る。鮮やかな髪色が目の前で揺れて、泣きそうな表情と顔には見覚えがあった。
 確か、マネージャーの谷地さんだ。こないだ部室で挨拶したけど二人で話したことはない。どうしよう、名前とか顔とか覚えてもらってないよね。

「谷地さん、あの……」
「わぁぁ!ぶつかってすみません!」
「いえ、私は問題ないで……」
「怪我!怪我とかは!」

 山口くんによると、谷地さんは可愛いのにちょっと考え方が深刻な方に傾き過ぎると言っていた。それがどういうことか理解していなかったので、ちょっと面食らう。
 成る程、これのことかなぁと思いつつ笑えてきた。だって焦っている谷地さんはとっても可愛いし、優しい人なんだってちゃんと分かったから。

「大丈夫です。あの、烏野の応援に来ました!」
「はっ!月島君の彼女サンで!」
「えっ!違!違います。蛍くんとは、同じクラスで……」

 お互いにどもりながら、少しずつ近づいていく。マネージャーさんなのに皆と一緒じゃないのかなぁと思いつつ、「一緒に応援しましょう」と言ってくれた谷地さんに頷いた。



 二階席に移動すると、もう練習は終わった後のようだ。早めに来たのにと思っていたけど、谷地さんとの会話から蛍くんが私に遅めの時間を知らせたんだと知った。
 烏野のメンバーはもう下に集合していて、ベンチに清水さんの姿もある。私は気になっていたことを思い切って谷地さんに聞いてみた。

「あの、下に行かないんですか?」
「あっそれは潔子しゃんが!マネージャーは一人って決まりで!」

 まだ少し緊張したままの谷地さんが、噛んだのを見て失礼ながら笑ってしまった。それを見て谷地さんも頭を掻きながら笑う。
 はにかんだ笑顔がすごく可愛くて、怒らない谷地さんはとてもいい人なんだなぁって改めて思った。ベンチ入り出来るマネージャーさんは一人だってことかな。

 烏野の横断幕の近くにいると、商店街の方々が集まってくるのが分かる。「あれ、なまえちゃん?」と声をかけてくれる人もいれば、全然知らない方もいた。
 皆から烏養先生と呼ばれた人が子供たちを連れてきて、谷地ちゃんとあっという間に馴染んでいく。可愛い孫とかからかわれていたから、烏養さんのおじいさんかな?
 勿論、私も一緒になって応援した。二階から見下ろす蛍くんは、いつもと違うのにやっぱり格好良い。ブロックすごいとか聞こえてきたら、私まで嬉しくなってしまう。

「月島くん、すごいですよね!」
「わ、私は皆の応援で!別に蛍くんばっかり見てたりとか、あの、違くて!」

 たった一言で、谷地さんとちびっこたちが同じ表情をしてこっちを見てくる。どうしよう、きっと顔が真っ赤だ。そんなに分かり易かったかな、私。
 反省しよう。皆の、烏野の応援に来た訳だし。それは嘘じゃない、よ?

「おお、ドシャト!」
「すごい……」
「今のはレフト読んでたなぁ」

 蛍くんのブロックが綺麗に決まって、思わず拳を握りこんでいた。流れを読む、みたいなことは難しいから、おじさん達から漏れ聞こえてくる解説はすごく有り難い。
 谷地さんと一緒になって頷きながら聞いたりしていると、二人して可笑しくなって笑った。

「わぁ!」
「やったー!」

 一回戦は烏野が大差をつけてストレート勝ち。気付けば二人で手を叩いていて、周りから拍手が起こっているのに倣って慌てて拍手をした。

「私行かなきゃ!なまえちゃん、また!」
「うん。仁花ちゃん、頑張って!」

 すっかり打ち解けた私と仁花ちゃんは、またここで会う約束をして手を振り合う。二回戦までの間、彼らのサポートをしに行くみたいだった。
 マネージャーって大変なんだなぁとしみじみ思う。そして小学生の子たちと馴染む仁花ちゃんの能力は半端なかった。やっちーって呼ばれていてちょっと羨ましい。



 二回戦はとても大きな人がいたせいか、すごくギャラリーが増えていた。烏野が不利だという声を聞いていたから、激闘の末に勝ったことがすごく嬉しい。
 やっぱり日向くんは素人目にも派手な動きが多く、ジャンプ力もすごいし、注目を浴びていた。この人と同じポジションなんだなぁと思うと、蛍くんの悩みもなんとなく察する。
 バレーが楽しくて仕方ないって感じが、プレーを見ているだけで伝わってくる日向くん。蛍くんは彼が、少し羨ましくて妬ましいのかもしれない。
 なんてことをぼんやりと考えていて、携帯が震えているのに気付くのが遅れた。たいして確認もしないで出る。

「……あ、ハイ」
(ねぇ、さっさと会場出なよ)
「え、え。蛍くん?」
(変なのいるから)

 いきなりこんなことを言われて、蛍くんのことを考えていただけに焦ってしまった。確かに試合が終わった後も少しボーっとしていたし、烏野の応援の方もいなくなっている。
 でも、彼がどうしてそれを知っているのか分からない。私の行動パターンは、いつのまにか蛍くんに筒抜けなんだろうか。

「蛍くんは、もうバス?」
(ん。帰りそっち寄っていい?)
「えっと店の方?」
(兄ちゃ……兄貴が帰ってきてるから。前にここのケーキ好きって言ってたし)

 世間はお盆休み間近だ。今は一緒に暮らしていないみたいだけど、お兄ちゃんも帰省しているのかな。普段、あまり話題に上らない人だから。
 なんとなく嬉しくなって、きゅっと携帯を持つ手に力が入った。

「はい。お待ちしております!」
(……んじゃ切るから)

 あっさりと切れてしまった最後、聞き覚えのある声が混じっていた気がする。先輩の皆さんに何か言われちゃったなら申し訳ない。
 それでも家に帰れば会えるって思ったら、嬉しさが上回ってしまうから。私は緊張しながらゆっくり歩いてきた道を、早足で帰ることにした。



***続***

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