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この熱に焦がれる


 高い視点から見下ろしてくるのはいつものことなのに、何故か重苦しく感じてしまう。その原因は蛍くんが怒っていることだと分かっていた。
 私は店内で恐縮し、肩を縮こまらせる。お客様が来たら大変だし、カウンターに戻らなきゃならないとも思うのに。
 蛍くんの真っ直ぐな目がそれを許してくれそうもなかった。

「……はぁ、分かるデショ」
「え、わか……?」
「嶋田さんだって男なんだけど。いつまで近所のお兄ちゃんのつもりなわけ?」

 いつもより少し大きくて早い声が、蛍くんの苛立ちを顕著にさせている。それでも私にも言い分くらいある。言わせて欲しい、いつまでっていつまでも、だよ。

「嶋田さんは私が小さい頃からの……」
「だからって何あっさり肩抱かれてんの?」
「アレは私をからかっただけで!」
「どうだか。面白がってたのは僕の反応じゃない?」
「蛍くんの?何で?」
「……馬鹿じゃないの?」

 とうとう吐き捨てる様に言われた言葉は、いつもよりずっと重く響いた。別に抱き合ったつもりはないし、嶋田さんだってそんなつもりはないに決まっている。
 私の反応を見て面白がっているだけだって、どうしたら分かって貰えるんだろう。でも、それを説明する上で蛍くんを好きだからって言わなきゃならない気がして。
 そこまでの勇気はやっぱり、まだ私にはない。

「ごめん、あの本当に、違うよ?」
「どうだか」
「でも、そうだね。気をつける」
「何を?意味分かって言ってんの?」

 今日の蛍くんは、随分踏み込んでくるなぁと思った。いつもは適当なところで「そう」って納得したみたいに頷く彼が、こんな風に言ってくるのは珍しい。
 そういえば、前に苛々するって言っていた気がする。蛍くんの意図を正しく掬えない私を、煩わしいと思われているのかもしれない。
 そう思うと少し寂しかった。

「えと、店内で引っ付くとかは駄目だし……」
「場所とか関係ないんだけど」
「お、男の人に誤解を与えるような言動に注意しま、す……?」
「ねぇ、まさか他の人にもされてるとかないよね?」
「ないよ!アレだって初めてのことだし。ち、小さい頃は抱っことかあるけど。あ、あといつもはなまえちゃんって呼んでくれ……」
「別にそこまで聞いてないし聞きたくない」

 蛍くんのばっさりとした発言に、過去のことを思い起こそうとしていた作業を中断する。真っ直ぐに見下ろしてくる顔にはもう不機嫌さは霞んでいたけれど。
 釈然としないまま。それは、蛍くんも私も。

「ごめん、ね?怒らせて。でも、嶋田さんは本当に……えっと、」
「もういい。なまえにそこまで求めた僕が馬鹿だった」
「……っ」
「そもそもそんな権利もないしね」

 蛍くんの一言で、お店に立っていることも忘れそうになった。冷たい、拒絶した様な声。きっと心配して怒ってくれたはずなのに、そんな風に言わせるなんて。
 馬鹿はやっぱり私なのかな。深呼吸をして、エプロンの裾を握り締めた。臆病な気持ちでちゃんと向き合えないことが、彼にこんな顔をさせる結果になるなら。
 そんな気持ちは初めからないのと同じだと思った。でも、そうじゃない。それは嫌だ。私は蛍くんが好きだから。
 出来ればずっと楽しそうにしてくれていたらいいなって思うんだよ。

「そんな風に言わないで。蛍くんが心配して言ってくれたって、分かってる」
「……別に」
「嬉しいから。わ、私も……蛍くんがすっごい美人のお姉さんに肩寄せられてたら吃驚するし、やっぱり……何か誤解しちゃうかも」
「何そのあらぬ想像」
「ご、ごめん!例え話ね」

 嶋田さんの女の人版と思ったんだけど、想像しちゃうと蛍くんの方がずっとしっくりくる。綺麗なお姉さんと、背の高い格好良い蛍くん。
 駄目だ。いくら昔からの知り合いで、とか説明されても嫌な気持ちになるかも。ましてや遠巻きに見ただけなら、勝手に誤解して失恋した気になっちゃうかも。

「ねぇ。顔が面白い位目まぐるしいんだけど、大丈夫なわけ?」
「……へ?」
「変な想像で勝手に泣きそうな顔されても困る」
「ごめん!とにかく、そういうコトだよね?」
「いや、どういうことか全く……」
「注意するね」

 胸の前で握り拳を作って、何度か頷きながら宣誓してみる。最初は訝しげに見下ろされて、最後には溜息が漏れ聞こえてきた。
 それを許されたみたいに感じてしまうのは、蛍くんの眉間の皺が無くなったせいかな。でも、その想像の所為で言わなきゃいけないことが一つ増えたから。
 私にとってはまだ終わりじゃなくて、拳にさらに力を篭めた。

「け、いくんも……」
「は?」
「蛍くんも、ご注意、くだ、さい」

 気合は十分だったのに、最後の方は相手に届いたかも定かではない位に尻すぼみになった。店内に流れる有線の音楽が大きくなったり小さくなったり。
 仕舞には蛍くんのさっきの発言がリフレインする。私にだって、そんな権利もないのにね。

「僕は最大限注意してるつもりだけど」
「……どういう意味?」
「別に、それはなまえには関係ない話」

 関係ないと言われて、きゅっと胸の辺りが痛くなる。求めた答えをくれないからと言って、教えてよって強制することなんて出来ないし。
 それでも「分かった」と納得したフリするのが精一杯で、頭を上げることが難しくなってしまった。上から蛍くんの溜息が降ってくる。

「たまにはなまえも悩みなよ」
「えっ?」
「僕ばっかりなのは、フェアじゃないんじゃないの?」
「う…ん?」
「分かってないのに返事するな」
「ご、ごめん!」
「言っとくけど、こういうのすら僕は他の人間にしたくない」

 呆れたような、馬鹿にしたような口振りだったのに。頭に置かれた手はひどく優しくタップした。蛍くんの大きな手。
 バレーをしている時は強そうで迫力があるのに、今は柔らかく温かい。私はこの手が大好きだ。この熱を感じられる距離に、いたいなぁと思うよ。



***続***

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