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無自覚のcopeaux


「なまえちゃん!」
「わぁ、いらっしゃいませー!」
「あはは、ご無沙汰してごめん」
「そんな!嶋田さんが来てくれて嬉しいです」

 カランと鈴を鳴らして入ってきたのは、幼馴染といってもいいだろうか、家族ぐるみで良くしていただいている嶋田さんで。
 滝之上さんに比べれば、来店してくれるのは久しぶりだった。それでも嶋田マートではよく顔を合わせるので、構ってくれる頻度は高い。
 近くのチェーン店のスーパーよりも安い価格設定の嶋田マートはいつも繁盛しているため、嶋田さんはとても忙しい身のはずだ。
 その嶋田さんがわざわざウチの店に訪ねてきてくれたことが嬉しくて、ついお客様というよりは仲良しのお兄ちゃんという感じで接してしまう。

「三千円くらいで焼き菓子詰めてくれる?」
「はい。プレゼントですか?」
「おふくろの知り合いで年配さんだから、ナッツ系以外でお願い」
「かしこまりました」

 私が焼き菓子を選んでいる間、嶋田さんがリボンの色と箱の形を選んでくれる。細やかな気遣いの出来る嶋田さんは、昔からずっと大人びている。
 場の空気がやんわりと穏やかになった気がして、箱詰めした焼き菓子を見せてから一緒になって笑いあった。滝ノ上さんが頼もしいお兄さんなら、嶋田さんは優しいお兄さんだ。

「そういや、なまえちゃん。また試合観に行くの?」
「バレー部のですか?」
「そうそう。もうすぐだもんなぁ、一次予選」
「行く予定ですよ。こないだも部活見学させてもらって、迫力すごかったです」

 部活に見学させてもらったことを言ったら、嶋田さんは眼鏡の奥の瞳を少し見開いた。人見知りの激しい私が、同世代の知らない人の中に飛び込んだのが意外だったのかもしれない。
 その後とても優しげな目で見つめられて。恥ずかしくもあるのに、それが嬉しくもある。何度か頷いた嶋田さんは、いつもより子供っぽい顔で笑った。

「おー、忠……山口もサーブ練習してるよ!」
「山口くんですか?すごい」
「あー、でもなまえちゃんはツッキーと仲良しだっけ?」

 ニヤリと嬉しそうな顔をした嶋田さんが、ガラスケース越しに一歩近づいてくる。きっと共通の人物が頭に浮かんでいると思う。
 蛍くんをツッキーと呼ぶ人を、私は一人しか知らない。

「もう……山口くんですね?」
「えー、俺は何にも?」
「山口くんとも仲良しです」
「とも、ね。否定はしないんだ」

 焼き菓子の箱を受け取りながら、お札を出す嶋田さんは帰る気なんかないらしい。顔が熱い気がして下を向けば、ガラスに映る顔は真っ赤で。
 ますます嶋田さんに笑われてしまいそうだ。カランと鳴った鈴をこれ幸いと、顔を上げて気持ちを振り払おうとした。

「いらっしゃいま……」
「お、噂をすれば」
「げ……」

 開いた扉から覗く外の日差しは暑そうなのに、顔を見せた本人はどこか涼しそうで。嶋田さんを確認した途端に歪めた顔を誤魔化すように、会釈程度に頭を下げた。
 それから私に視線をくれた蛍くんは、顔を数回揺らすだけから。いつもの淡々と注文を始める様子や商品を見つめる真剣な目と違い過ぎて、何かあるなってすぐ分かった。

「ごめん、今日客じゃない」
「うん。どうしたの?」
「これ。こっちのと混ざってた」
「わぁ!こないだの時?気付いてなかったよ。いつでも良かったのに……」

 蛍くんが持ってきてくれたのは私の宿題のワークブックで、慌ててホールへと出て受け取る。そのやり取りをどんな風に捉えたのか、嶋田さんが一つ咳払いをした。
 それを受けて、蛍くんが小さく息を吐く。次に見たのは、私が初めて蛍くんに教室で喋りかけた時の表情に似ていた。

「……コンニチハ」
「どうも。いつもなまえがお世話になってます」

 そう言って私を引き寄せて、肩に手を回しにっこりと笑う嶋田さん。いつもはちゃん付けで呼んでくれるのになぁと思いつつ、首を傾げた。

「嶋田さん?」
「迷惑かけてない?この子、一つのことに夢中になると集中し過ぎてしまう所があるから」
「はぁ。そうですか」
「あれ?なまえ、相変わらず学校では大人しいみたいだな」

 ぐっと体を曲げて私の顔を覗き込んでくる嶋田さんが、楽しそうに笑いながら言う。それは心配なのかからかっているだけかは分からないけれど。
 何だか恥ずかしさも照れ臭さもあって、緩い拘束から抜け出そうともがいた。

「ん、もう。子供扱いしないでください」
「ははっ!そう言うけどこないだの集まりで買い出しに行かせたら……」
「わぁ、その話はもう駄目です!」
「……」

 嶋田さんの口を押さえ込んで、慌てて蛍くんの方を振り向く。するとさっきまでは隠そうとしていた面倒そうな顔をしていて、長い溜息まで聞こえてきた。
 分かり易いほどの不機嫌さに、やってしまったと後悔して心臓の音が逸る。身内にしか分からない様な話をされたところで、聞きたくもないし迷惑かもしれない。
 もしかして、帰りたいのに帰れない状況に苛立っているのかも。もう止めましょうと嶋田さんに目配せすると、口を覆っていた手をちょいちょいと指先で押された。

「ご、ごめんなさい」
「いやー、息が止まるかと……」
「ねぇ。いつまでその体勢でいる気なわけ?」

 嶋田さんから手を離した直後に、低く響く声に体が硬直する。蛍くんの方をぎこちない動作で振り向けば、眉間にくっきりと皺が刻まれていた。
 次の瞬間、蛍くんははっと笑って。長い足で間合いを詰めてきたかと思うと、嶋田さんの手を摘み上げた。

「痛ったぁ!」
「大袈裟な。軽く持っただけです」
「蛍くん……わっ!」

 ぐっと前方に腕を引かれて、嶋田さんのところからは抜け出せたけれど。反動で傾いた体は、今度は蛍くんの胸元にぶつかってしまった。
 どうしよう、ちっとも落ち着かない。やっぱり嶋田さんはお兄ちゃんだけど、蛍くんは好きな人だから。当たり前だけど全然違う。
 慌てて胸板を押して立とうとしたけれど、後ろから大きな手で押さえつけられていて。何故だろうと上を見上げてみれば、至極当然かのような視線とかち合った。

「こういうの、見せ付けられると困りません?」
「あー……確かに。すまん、邪魔者は退散するわ」
「え、あの。ありがとうございました!」

 カランと鈴の音をさせて出て行く嶋田さんの右手には、しっかりと梱包した箱が握られている。首だけを後ろに向けていたけれど、二人になるとあっさりと手の拘束はなくなった。
 どうやら、嶋田さんにさっきのことが言いたいが為の行為だったらしい。それにしても、心臓に悪いなぁ。私は自分の内心を悟られない様に、じっと蛍くんを見上げた。

「なに、その不服そうな顔」
「え……あ……」
「言っとくけどなまえへの話はこれで終わりじゃないんだけど?」
「私、まだ何か忘れてた?」
「はぁ?」
「え?」

 私が掌を差し出して受け取るポーズをしたら、蛍くんは心底嫌そうな声を上げる。だから忘れ物はもうないって分かったんだけれど。
 その先がちっとも分からなくて、さっきまでのすぐ近くに蛍くんがいる感覚も全然抜けなくて。焦る気持ちばかりが募って、横を向いて溜息を吐き出す彼の顔を眺めていた。



***続***

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