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漠然と問う


 蛍くんから声をかけてくれて、今日も蛍くんのお家にお邪魔させてもらっている。私がここ何回かの訪問で何となく気付いたのは、お兄さんは一緒に住んでないってこと。
 あと蛍くんのお母さんは優しくて料理が上手だってこと。庭にはバスケットゴールがあって、蛍くんに「バスケも得意なの?」って聞いたら嫌な顔をされたこと。
 学校や店で会うだけじゃ知りようのなかった沢山のことが増えて嬉しい。シャーペンを持ちながら思い出し笑いをしていると、正面の蛍くんが冷静な顔で言った。

「何笑ってんの?」
「あ……あはは」
「暑くて脳がやられた?室温下げようか?」
「い、いいです!大丈夫だよ」
「そう。ちょっと休憩する?ケーキ食べたい」

 そう言ってくれるのは何だかくすぐったくて、やっぱり口元が緩んでしまう。蛍くんの大好きなショートケーキは多めに持ってきた。
 蛍くんがお茶とケーキを運んできてくれて、その間に机の上を片付けておく。自分と比べて随分埋められている宿題に、この後の勉強にも力を入れないとなぁと気を引き締めた。

 頑張っても頑張らなくても、ケーキが脳に与える影響は多大だ。リラックス出来て、少しだけ姿勢を崩す。ぼんやりと部屋を眺めると、必ず目に留まるバレーボール。
 視線をケーキの皿に落とし込んだ蛍くんをこっそり盗み見た。合宿から帰ってきても、ずっと部活を頑張っている。
 もしかしたら、次の大きな大会があるのかもしれない。確か、テレビで見たことあるのは春高だ。でも、あれは年明けだっけ?

「蛍くん、次の試合とかあるの?」
「あるよ。春高予選」
「もう予選があるんだね!あれ来年だと思ってたよ」
「一次予選は8月11日から」
「え、そうなの?」
「全国大会は1月だけどね」
「早いね、もうすぐかぁ」

 喋りながらもフォークを離さない蛍くんを眺める。そっか。宿題もやれる内にやっておかないと、後々大変なことになりそうだね。
 詳しくは言ってくれなかったけど、蛍くんの部活への意識は少し変わったのかもしれない。あの、山口くんを格好良かったと言っていたあの声。
 とても嬉しそうで、何処か悔しそうで。いつも淡々としている蛍くんの声に、見え隠れする熱を感じた。負けられない、そう思った。
 見守ることしか出来なかったし、力にはなれなかったけど。蛍くんが自分で考えて選んだ答えが、どんなに遠回りでも一番だから。

「頑張ってね」
「ん」
「私も……行こうかな」
「なまえ、また今にも泣きそうな必死な顔しないでよね」

 前回あまりいい顔をされなかったから、行っていいか分からずに曖昧な言い方をしてしまったけど。今度は行くことに関して否定的なことは言われなかった。
 それがやっぱり嬉しくて、心がじんわり熱を高めていく。気持ち悪いって言われたって、緩んだ顔を止められない。

「しな……いとは言えないけど」
「はっ、言えないんだ」
「でも行く!蛍くんを、応援に行きたいから」

 恥ずかしくて照れくさかったけど、真っ直ぐに蛍くんを見て言えた。ドキドキと心臓がうるさい位で、反対に蛍くんの表情は変わりない。
 私が飽きることなく見つめていると、蛍くんが「ああ、そう」と呟いた後私の前髪を混ぜてきた。突然のことに驚いて、抵抗することも文句を言うこともままならない。
 乱暴なそれが蛍くんの照れ隠しなんだと思うと、可愛いとか肯定的な意見しか出てこない。原型のなくなった前髪は可笑しかったのか、蛍くんがぷっと息を零した。

「なまえの額、初めて見た」
「そっか……そう、だよね」
「前髪ぼっさぼさ」
「それは!蛍くんが……」
「仕方ないから整えてあげる」

 いつの間にか見下ろしてくる蛍くんには笑みが浮かんでいて、いつもの余裕たっぷりの顔。背を屈めて近づいてくる彼が、指の先で髪の毛を弄ぶ。
 一束、また一束。その長い指で摘まれてねじられて、するすると降りていく。最後に全体を撫でて整えられたら、私の視界の端にも前髪が戻ってきた。

「はい、出来た」
「ありがとう……」
「なまえ、手が止まってたね」
「だって」
「何?見蕩れてたワケ?」
「え、え?え?」
「慌てないでよ。照れるんだけど?」

 照れるなんて言いながら、いつもと変わらない顔をしてこっちを見てきた。私はどんな顔をしていたんだろう、蛍くんの口角が徐々に上がっていく。
 最近の蛍くんは、意地悪の質が変わってきた気がする。からかってくるのは変わらないけど、怒るより答えに困ることが増えた。
 さっきだって、全然照れている様には見えない。ずるいよ。こっちは恥ずかしくて、どうしていいか分からないのに。

「蛍くんが照れるとか、想像出来ない」
「そう?僕は至って普通だよ。今もなまえと二人きりで緊張するし」
「それは、どういう……」
「さぁ。どうだろうね」

 口の端の笑みは消えないまま、淡々と言って視線を机の上に落としていく。フォークからシャーペンに握りかえられて、休憩の終わりを告げる合図みたいだった。
 どう反応していいかを考えていたけど、反応しなくてもいいのかもしれない。蛍くんも私の答えなんか求めていないことを、その動作で感じた。

 蛍くんに倣って、宿題を消化させることに脳を使い始める。ケーキで補ったはずのエネルギーは満たされているのに、ちっとも目の前の課題に向き合えない。
 今までは蛍くんを好きだって気付いて嬉しくて、自分の中で確かめているだけで。それだけで幸せで、まだ、知られるのは怖いままだけど。

(蛍くんは、誰か好きな人とか)

 いるのかなぁ。そんなことを今の今まで考えなかった。自分が好きであれば良かったのに、やっぱり我儘は増幅していく。

(私のことは、どう思……)
「わぁ!」
「……何なの?」
「ごめん、何でもない」
「急に声出して怖いんだけど」
「集中、集中します!」

 一瞬良からぬ考えが頭を掠めて、慌てて打ち消したら大声を出してしまっていた。勿論、蛍くんからは冷たい目線と一言を受けて。
 体を正して謝ると、じーっとしばらく探る様に観察された。そしてその後で溜息を吐いて、シャーペンを置いてから言うんだ。

「意識しすぎて警戒されるのも困りものだから、ほどほどでいいよ」

 蛍くんがわざとらしくにっこり笑って言う事には信用がおけない。分かっているのに、その真意を上手く咀嚼出来なくて。
 結局あまり分かっていないまま頷いて、頭の中では混乱したままだった。こんな調子では、あの疑問はしばらく考えられそうもない。



***続***

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