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規則的なnapper


 誰が来たって関係ない。ウチのケーキを買ってくれるお客様は、誰しも神様。

「い、いらっしゃいませー」

 目の前に現れた背の高い眼鏡。いつものように数秒無言で見下ろされて、耐え切れなくなって口と眉が引きつっていくのが分かった。
 それを見逃さない辺り、月島くんは目敏い。

「は、接客業でそれってどうなの?」
「……う!」
「やり直し。もっと笑顔で」
「何か月島くん、クラスにいる時と……」
「やり直し」
「いらっしゃいませー!お決まりでしょうか?」

 ここまで言われたら悔しいじゃない?笑顔で応対。すると相手はショーケースのケーキに目が行っていて、こっちの顔なんか見ていない。
 悔しいー!

「ショートケーキとモンブラン、それからオペラと今月のエクレアのやつ」
「……はい!かしこまりました」

 にっくき相手であるということも一瞬吹っ飛び、思わず顔が嬉しさでふやけてしまう。今月の期間限定の苺のエクレアは、ソースを任せて貰えた渾身の自信作。
 イチゴとラズベリーを混ぜて、少しの酸っぱさを残して甘すぎないように作った。お父さんからオッケーが出た時は飛び上がる程嬉しかったんだ。
 それを選んで貰えるというのは、例え月島くんであっても嬉しい。娘がお嫁に行くようなものだ。私もお嫁に行ってないけどね。

「何、気味悪いんだけど」
「……申し訳ございません、お客様」
「何?」

 箱詰めしても受け取ってくれない月島くんは、「何でニヤニヤしているんだ、コイツ」位に思っているんだろう。
 言って返品とかされたらどうしよう。

「その、エクレア。ソースは私が任されたの。だから、売れたらやっぱり嬉しくて」
「……ふーん」

 結局言ってしまったけど、月島くんはあんまり興味無さそうに返事をした。理由を聞くまでは受け取らない!みたいな態度だったくせに。
 全く自由人だよね、この人。

「ねぇ、ソースの盛り付けは?」
「うん。私がしたよ!最後まで任せてもらえたの!」

 少し興奮気味に前のめりになってしまった。月島くんが私に対して驚いているなんて珍しい。その逆は何度かあるけど。
 お父さんがソースのチェックをして、エクレアに均等にかけるのを私に任せてくれた。苺を飾るのもやっていいと言われたから、バランスとか考えたつもり。

「コレ綺麗だよね。だから買おうかなって思った」
「……え?」
「別に。それだけ」

 ぐいっと眼鏡を上げ直した月島くんの表情は見えない。けれど、いつもの様に馬鹿にされている訳ではないことは分かった。
 それに、月島くんはケーキのことに関しては誠実だと思う。本能に忠実とも言うけど。

「あ、ありがとう!」
「……じゃーね」
「ありがとうございました!」

 深々と頭を下げながら、月島くんの言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。すごく嬉しい。例えそれが、月島くんが苺を好きだからって理由だったとしても、目に留まったことが嬉しい。
 私はやっぱりケーキが好きで、お菓子を作るのが好き。お父さんとお母さんが頑張っているこのお店が好き。ここにきてくれるお客様は、神様だ。



 何て、お店に来てくれた時は思うのに。学校に行けばいつもの様に他人のフリで。斜め前の席は遠く感じてしまう。

 確かに、他人だけど。あの、ケーキを前にすると真剣に一つずつ巡っていく視線とか、いつもより少し柔らかい表情とか。
 感想が鋭かったり、味以外も褒めてくれるところだったり。それでも一番はショートケーキが好きなところも。
 月島くんのこと、色々知っているのに。

(うーん。機嫌悪そう)

 授業中、視界の端に捉えてしまう。前の席の子が椅子を下げ過ぎていて、月島くんの机に当たっている。うわ、不愉快そう。
 月島くんは小さく舌打ちをして、机を少し引いた。

(あんなに大きいのに、繊細だよね)

 ケーキの飾りも綺麗だと褒めてくれるもんね。そう思い出すと、くすっと小さく笑ってしまう。女性に好評な商品は、月島くんにもウケがいい。
 こんなこと言うと、意地悪みたいに聞こえるから言ったりしないけど。

「みょうじ!ここ訳して」
「……は、はい!」

 またぼーっとしていた所為か、いきなり当てられてしまった。緊張を隠しながら訳すと、「もっと自信もって喋りなさい」と言われた。
 それが出来たら友達作りにも苦労はしません、先生!

 着席しながらほーっと息を吐く。顔を上げて前を見ると、月島くんが頬杖をつきながら少しだけこっちを向いていて。
 鼻で笑われた。もう、隠し切れないくらい馬鹿にされた。何だか悔しくて、無視を決め込んで必死で前を見る。
 その間にも喉が詰まった様な笑い声が聞こえてきて、思わず見ちゃった。何で先生注意しないの?月島くんも当たればいいのに!

 そんなことを思ったのに、何故か私はその顔がいつも教室で見る笑顔よりずっと月島くんらしいと思ってしまって。
 何で他人のふりしなきゃならないんだろうって、また同じことを考えた。



***続***

20131025

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