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遠投の返信


 花火大会が終わってすぐの平日。気付けば折り返し地点はとっくに過ぎていて、夏休みは残りの日数を数える方が早くなってきた日のこと。
 朝早くから制服に袖を通す。少しだけワクワクする気持ちを抑えられないのは、蛍くんからのお誘いがあったから。
 部活終わりに皆で宿題の進展具合を確認した時、影山くんと日向くんが全然進んでないことが発覚したらしい。やっておかないと試合に出さないぞと主将に脅された2人は蛍くんと山口くんに頼み込んだらしいけど。

「みょうじさんを呼ぼう!もうお前等の一言多い教え方ヤダー!」
「はぁ?何で日向の宿題やるためになまえの手を煩わせるのさ、意味わかんない」
「日向、落ち着いて。私で良ければ……」
「谷地さんは自分の英語の作文直した方がいいよ、マジで。この臓器売買とかのくだり要る?」

 という流れらしい。実は電話越しに日向くんが1人何役もして再現してくれたんだけど、本気にしなくていいからって蛍くんが言っていたからどこまで本当かは分からない。
 何も言われなくても谷地さんのくだりは冗談だって分かるよと返事をしたら、そこは本当だからと言われて何が正解かを見失ったのもある。
 それでも私の返事は即決だった。やっぱり何かきっかけがないと蛍くんと会えないし、それに二人きりは緊張してしまって。
 あの日の手の感触を思い出しては赤くなってしまう私にはハードルが高過ぎるから。日向くんの申し出は願ってもないことだった。



「本当に来たんだ……」
「え?ごめん、駄目だった?」
「駄目とか言ってないでしょ。わざわざ休みの日に学校まで出向いてご苦労様とは思うけど」

 そう言いながら校門近くまで私を迎えにきてくれた蛍くんに、顔がむずむずとして落ち着かない。こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、待っていてくれても良かったのに。
 私の言いたいことが分かったのか、蛍くんに頭を小突かれた。大袈裟に手で庇う動作をすると、頭上から降ってくる溜息はいつも通りで。

「部室の場所わかんないだろうと思って来たのに。お姫様には不服でしたぁ?」
「あ、そっか。ありがとう!」
「……そこは照れてくれない?こっちが恥ずかしいデショ」

 そう言ったくせに、全然恥ずかしくなさそうな顔を見上げる。普段通りに喋れて安心したと同時に、意識し過ぎていたのは自分だけだったと反省した。
 くるりと体を回転させて歩き出してしまう蛍くんを追いかけて、私もそれに続く。バレー部がいつも使っている第二体育館から、部室はすぐ近くにあった。

「みょうじさーん!ありがとな!」
「げ、日向うるさ……」
「こ、こんにちは!」
「だから、いちいち緊張しないでいいんだってば」

 二階の手すりから身を乗り出して手を振っている日向くんに、背筋を伸ばしながら小さく手を振り返す。日向くんは少し強引な所があると知っているから、ちょっと身構えてしまうのだ。
 夏休みでも部活動は活発らしく、部室棟には人の出入りする気配が沢山あった。楽しそうだなぁという少しの憧れを滲ませて、階段を登ろうとした時だった。

「あれ?月島くん!っと……」
「あ……」
「何で、みょうじさん?」

 後ろから声をかけられて振り返るとクラスの女の子で、上げかけていた足を地面に下ろす。オリエンテーションの時に同じ班になって以来、どうも良く思われていない気がする。
 その子はまじまじと私と蛍くんに視線を往復させてから、手入れされた綺麗な爪をピンと立てて言った。

「こんなトコで何してるの?ここ、部室棟だけど?」
「うん。あの……」
「なまえ、行こ。早くしないと日向がうるさい」
「何だとっ!聞こえてるぞ、月島コラ!」
「ああ、ごめん。もう煩いの間違いだった?」

 日向くんの方を向いたまま階段に足をかけた蛍くんが私に並ぶと、そのまま腕を掴まれる。こっちに一瞥もくれない蛍くんによって私の腕が浮き始めて、慌てて階段を踏み直した。
 でも彼女のことが気がかりで。今日のことを説明した方がいいかな、そう思って蛍くんに待ってと言おうとした。

「ちょっと待ってよ!」
「は、はい!」

 私が言おうとした言葉を彼女が叫んで、勢いよく振り返る。蛍くんの顔は見られないけれど、持ち上げられていた腕の感覚は消えていた。
 彼女の顔を真っ直ぐに見る。相手は少しだけたじろいだ様に見えたけど、指をさして聞いてきた。

「みょうじさん、月島くんと付き合ってるの?」
「ええっ!付き……っ?」

 突拍子もない質問に、咄嗟に胸の前に両手が出る。彼女があまりにも大声で問い掛けてくるから、何事かと部室から人が顔を出していた。
 蛍くんに迷惑がかかる。一瞬そう思って後ろを振り返ると、階段の上から身を乗り出している日向くんと田中さんが見えた。
 くるくると記憶が走馬灯みたいに回っている。いつだったか、先輩方に同じ質問をされた蛍くんが答えたのは。そう、確か。

「ちょっと、聞いてる?」
「付き合ってないよ……まだ!」
「「「おおー!?」」」
「っぷ。まだ、ね」

 やっぱり聞き耳を立てられていたらしいギャラリーから歓声が上がり、周囲が騒がしくなっていく。それでも私の耳に一番響くのは蛍くんの声で。
 小さな声で笑ってくれたから、これでいいんだと思えた。

「なに、それっ!」
「聞いたことに答えてもらって何が不満なワケ?いい加減行くよ、なまえ」
「え、あ……またね」

 ひらりと手を振ってみたけど応えてはくれない。もしかしたら彼女は蛍くんが好きなのかなぁなんてぼんやり考えた。
 人の気持ちを推し量るのは苦手だから、これは予測でしかないけど。一つだけはっきりしていることがある。私も、蛍くんが好きだってこと。
 だから彼女がもし蛍くんを好きでも、一緒に勉強する立場を代わってと言われたら、それは嫌ですって答えると思うから。

「みょうじさん!もーみょうじさん!」
「田中さん、怖いんでその顔で近づくのやめてもらえません?」
「うるせーぞ、月島ぁ!俺は感動してなー!」
「こんにちは、田中さん」
「ごらぁ!月島!みょうじさんにばっか言わせてお前は見てるだけか、コラ!」
「あーはいはい、良く出来ました」

 田中さんに言われて仕方なくって感じで、蛍くんが私の頭を叩く。棒読みの台詞と、どちらかと言えば撫でられたより叩かれたという表現の方がしっくりくるそれなのに。
 泣き出しそうになる位嬉しい気持ちになる。こんな気持ちにさせてくれるのは、この世で蛍くんだけじゃないかって。そんな大袈裟なことを考えちゃうんだよ。



***続***

20151112

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