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ご褒美


 会場へと一歩一歩近づく度に、人の流れとざわめきが広がっていく。慣れない下駄の足回りを気にして下ばかりを注意していたけれど、人にぶつからない様にしなきゃ。
 どこか楽しそうな人の話し声、客引きの声も聞こえてきて。いつのも景色も少し明るく、辺りが輝いている様に思える。
 花火大会の会場へと続く公園の出入り口付近は人がごった返しているからと、蛍くんはそこから一番近いコンビニを待ち合わせの場所に提案してくれた。
 迎えに行くと申し出てくれた蛍くんのお誘いを断って現地集合にしようと言ったのは、ここへ来るまでのバスの系統が違ったからと、単に。
 ちょっと驚かせてみたかったから。

(変じゃないよね?浴衣)

 お母さんが着付けてくれたそれは、この夏に呉服屋で仕立ててもらった藍色の浴衣だ。淡い色合いの花々が散りばめられた艶やかなそれは、とても綺麗だけど。
 なまえにはピンクや白の方が似合うと言ったお母さんの意見に逆らって選んだ色だから、少しだけ心配だった。可愛過ぎるものは、子供っぽく見える気がして。
 この色と美しさに一目惚れしてしまって決めたけれど、似合っているかは自信がない。蛍くんは落ち着いている色の方が好きかなぁなんて。そんな下心が詰まった浴衣。

 目的のコンビニには沢山の人が出入りしていた。明る過ぎる店内から照らし出された駐車場の端っこに、蛍くんはヘッドフォンをしたまま立っていた。

「蛍くん、お待たせ」
「ん、ちょっと遅……い」
「ごめんね、歩き慣れてなくて」

 蛍くんに頭を下げたけれど、いつもみたいに頭の上から溜息が聞こえてこなくて。どうしてだろうと思ってゆっくり顔を上げたら、口元を大きな手で覆っている蛍くんが見えた。
 いつもの様子と違う蛍くんをまじまじと見てしまう。すると、口元を覆っている手と反対の手が脳天に振りぬかれた。

「痛っ!」
「見過ぎでしょ。何?」
「ごめん、ね?蛍くんが格好良かったから」
「はぁ?馬鹿じゃないの?」

 私を追い越していく蛍くんが先に歩き出す。慌ててその後を追おうと向きを変えると、数歩先で待っていてくれて。小さな声が届いた。

「そっちこそ可愛いんだけど」
「あ、ありがとう!」
「声大きいよ」

 いつもみたいに私の声が大きすぎると彼は言うけど、だって仕方ない。蛍くんがこっちを見ずに言ってくれた一言が、嬉し過ぎて顔がふやけちゃう。
 カラコロと音を弾ませる下駄が、私より嬉しそうにはしゃいでいた。



「何時からだっけ?」
「花火は8時からだよ」
「げ……それでこの人混みなの?」
「うーん。まだ人増えるかもしれないね」

 公園内の出店が並ぶ通りを抜けていると、蛍くんは嫌そうな顔を隠すことなくそう言う。やっぱり人混みは好きじゃないみたい。
 そう思うとよく来てくれたとつくづく感謝だ。蛍くんはご褒美だといったけど、本当はご褒美ならあのケーキを一番に食べて貰った事で充分なのに。
 それを言わずに一緒に花火大会に来てもらっている私は、ズルイと思う。

「また……」
「えっ?」
「どうせ難しいこと考えても無駄なんだから、止めとけば?」

 私の肩をポンポンとタップするその手と言葉がしっかりと届いて。不思議。こんなに騒音があって、人も沢山いるのに。
 蛍くんの周りだけ、キラキラして目立って見える。本当に肩の力が抜けてきて、許される気になるから。言えなかった言葉の代わりに感謝しよう。

「ありがとう、蛍くん」
「なまえはたまに意味が分かんない」
「そっか、へへっ」
「嬉しそうにしないでくんない?誉めてないんだけど」

 花火大会へと続く道は大きなうねりとなって、人の流れを作っている。足を一歩投げ出すと、褄先がひらりとはためいた。
 浴衣を着ているということを自覚して、ふわふわと心が浮つく。視線を上へと上げていくと、お母さんがきつめに絞めてくれた黄色の帯に目が留まった。
 手をお腹のすぐ上に持っていってそれを摩る。気持ちの良い布の手触りに満足していると、後ろから誰かに押されて躓いた。

「なまえ!」
「わ、ぁ!」
「ちょっと、目の前で派手にこけようとしないでよ」

 同じ目線の高さまで屈んでくれた蛍くんが、すぐ近くに見えて驚く。掴んでくれた手と支えてくれた背中が温かい。
 後ろへ向けた蛍くんの鋭い目付きに驚いたのは、何も相手だけではない気がした。

「わ、私がぼーっとしてたから、ごめん!」
「……それはいつものことだけど」
「そう、ですよね」
「それにしてもこれだけ人が多いと、小さいのは大変だねぇ?」

 楽しそうに片方だけ眉を吊り上げた蛍くんは綺麗に笑う。背中に回った手に力が篭って、押される様に脇道へ移動した。
 出店と出店の間の窪みは、飲食するために何人かが屯している。その一角まで来て立ち止まると、蛍くんはわざわざ屈んで私の足元を確認してくれた。

「汚れた?」
「ううん、大丈夫だよ」
「なまえが小さ過ぎて見えなかったのかもね。僕も注意してないとよく見失うから」

 たっぷりの嫌味を篭められた筈なのに、嬉しくなってしまうのは私がおかしいのかな?だっていつもちゃんと見つけてくれるもの。
 それに、私からしたら蛍くんが大き過ぎるのだ。日向くんだって見えなかったとからかわれている位だから、私が見えないのは寧ろ真っ当だと思った。

「うん、そうだね」
「……本気にしないでくんない?」
「えっ?」
「ほら。小さいからってはぐれないでよね」

 そう言った蛍くんは、溜息をつきながら私の手を掴んで。そのまま歩き出してしまうから、吃驚して下駄が派手な音を鳴らす。
 私の不規則なそれに気付いた蛍くんが、後ろを振り向いてゆっくりと口角を上げるから。

「……っ、蛍くん」
「なに?」
「花火、楽しみだね」

 少しだけ狭まった歩幅のことも、繋いだ手の温かさも、全部を意識してしまう。花火は楽しみだけれど、始まったらこの手が離れてしまうことも。
 下へ下へと向かう視線に、蛍くんには何かを気付かれたのかもしれない。ぎゅっと握った手の力が強まって、簡単に私を振り向かせるんだ。

「はっ、そんな余裕あるといいよねぇ?」
「え?」
「なまえの家に帰りつくまでは離してあげる気ないって言ったらどうする?」

 本当に楽しそうに、背中を曲げて伺い見ながら聞いてくる。答えを求めている訳じゃないこと位分かっているのに、一瞬何もかもが遠のいていく。
 出店の明かりが反射する眼鏡が、綺麗で楽しそうなのに。その先にある蛍くんの目に焦点を合わせることは出来なかった。
 今日の花火大会を本当に楽しみにしていたのに。肝心の花火を楽しむ余裕なんか、きっと私にはないだろう。



***続***

20151006

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