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答え合わせ


 合宿から帰ってきてすぐに、なまえに帰ってきたと連絡を取った。別に義務でもなんでもないけど、心配させていたと思うから。
 彼女は僕の部活への姿勢に対してあまり口出ししてきたことはないけど、戸惑いを持っていたのは気付いていた。だからこそ、話さなきゃならない。
 この合宿で少し、僕の意識に変化があったことを。改めて人に言うほどのことじゃないし、まだまだ納得しかねる部分もあるけど。
 心配していたくせに口に出さないなまえに、そのまま無駄な懸念を持たせているつもりは無かった。ただでさえ、自分のことで悩んでいたみたいなのに。

 着替えを終えて携帯を見ると、なまえからの返信が届いていた。電話してもいいかと聞いてくるシンプルな内容で、彼女の方から聞いてくるのは珍しいなと思いつつ呼び出す。
 携帯を抱えていたのか、すぐに相手に繋がった。眉に力を篭めながら携帯を両手で持っているなまえの姿が網膜に鮮やかに浮かんで、何か言う前に笑いそうになる。

「……っぷ、早」
(ごめん、ね?実は身構えてて)
「何となく分かる。暇だねぇ」
(うん……おかえりなさい)

 僕がどれだけからかっても、なまえにダメージを与えることはあまりない。それなのに彼女の言葉や仕草は、簡単に僕を瓦解させる。
 今だってほら、わざわざ報告なんてって思っていた気持ちは完全に消えて。おかえりの言葉を実は欲していたということを、嫌という程思い知らされた。

「ただいま。ねぇ、なまえ」
(ん?)
「山口は格好良かったよ」
(山口くん?)
「うん」

 これで全部を彼女が理解出来るなんて思っていない。それを僕は望んでもいない。きっと僕がなまえの持っている菓子の知識を理解しきれないように、なまえもバレーのことを理解はしきれないだろう。
 でも言いたかった。IH予選で負けたあの日、悔しいかどうかだと僕を諭した彼女は。目標は全く別であっても、山口と同じだったから。

(そっ……か。うん)
「うん。それだけ」

 具体的に僕の何かが明確に変わった訳ではないし、今はまだバレーが大好きだって人に言える訳じゃない。きっとなまえにも説明出来ない。
 けど僕が思うよりずっと前に、僕がバレーを好きだという前提で接してくれていた彼女にはそれで伝わると思った。

(蛍くんも、格好良いよ)
「……何ソレ」
(苦しくても、向き合う方がずっと格好良い)

 ゆっくり聞こえてきた言葉は、まるで自分にも言い聞かせているみたいで。一方的に質問をぶつけても答えてくれたなまえに、僕は何が出来るか考えた。
 返せるものはまだ、少ないかもしれないけど。

「それって口説き文句なの?」
(ええ!?く、ど……っ?)
「うるさ……声大きいから」
(ご、ごめん!えっと……)
「そっちこそどうなのさ。苦しくてももがいたら、何か見つかったわけ?」

 合宿中になまえが電話越しに泣いているように感じたのは二日目のあの夜だけ。プリンの上の淡い緑は答えが見つかったんだろうか。
 それを今まで聞かなかったし、彼女も何も言わなかった。8月はもうすぐそこだ。限定商品のタルトは無事提案出来たかな。

(えっと、明日、試作品持っていくから食べて貰えないかな?)
「学校に?別に部活の帰りに寄ってもいいけど」
(本当?しんどくない?)
「うん。持ってくる方が大変デショ」

 溜息を吐き出したのに、携帯越しになまえの嬉しそうな息遣いが聞こえてきて。そんなに嬉しいわけ?とか聞いてみたくなる。
 きっと真っ赤になって何言っているか分からなくなるから、言ったりしないけど。首にヘッドフォンをはめて、話を進めようと押し切った。

「この短期間でよく試作品作るまでになったよね」
(作ってくれるのはお父さんだから!でも、あれからすぐ決められたよ。だから、蛍くんに一番に食べて欲しくて)
「……ふーん。あっそ」
(うん!)

 一番の意味を深く考えてもいいかな。きっとなまえのことだから、感謝的な意味合いしかないんだろうけど。考えはこっちの勝手だし、都合良く解釈しよう。
 勝手に口の端が上がっていくのを抑えられない。それはまだ見ぬ新作ケーキへの欲求か、なまえの言う一番への拘りか。自分でも判断が難しかった。



「これ、です」

 机の上に置かれた紙皿、その上に新作のタルト。横には細いフォークが並び、何にも包まれていないケーキはまだ商品ではないということが見て取れた。
 なまえは真剣な顔をして、僕の一挙一動を見守る態勢らしかった。ここは店のさらに奥、彼女の家の居住スペースのキッチン。
 カットされたケーキは店から運ばれて、なまえの分と二つ仲良く並んでいる。因みにおじさんとおばさんも店のキッチンで食べるらしい。
 余談だけど、挨拶をしたら何故かおばさんにばしばし肩を叩かれて。初めて見かけた時の心証が軽く崩壊した。

「いただきます」
「うん!」

 同じものが並んでいても、なまえはまだフォークすら握っていない。僕が食べるまでは頑として手をつける気がないらしい。
 結構頑固なところがあるよなと思いつつ、タルトの上に乗せられた生クリームを多めに掬って食べた。

「ん、これ美味しいけど……何?もちもちしてる」

 予想のしていなかった食感に、驚いたのが正直なところ。タルト台のすぐ上のプリンは少しだけレモンの風味が利いていて美味しい。
 一番上に白桃と生クリームを飾られているのは分かる。分からないのは、この淡い緑の正体だ。もちっとした弾力でほのかに甘く、けどプリンの味を邪魔しない。
 後味も甘過ぎないし重くなくて、夏にはぴったりかもしれない。でもこの正体が何か掴めず、口の中で味わってみても答えが得られなかった。

「ずんだだよ。コレ」
「ず……豆?」
「うん。ずんだ餅とか美味しいし、和菓子に使えるなら洋菓子に使ってもいいかなって」

 確かに僕達の地域では団子でずんだといえばポピュラーなものだし、最近では地域色を押し出した商品に使われることが多いから、ずんだ味のお菓子なんかもあるにはある。
 でもこの発想が僕にはないものだったので驚いた。淡い緑と注文つけておいて、精々メロンかキウイだと思っていたくらいだ。

「あのね、蛍くんに淡い緑って言われた時、私ならプリンの上にその色持ってこないだろうし、新しい発想を貰ったなって思ったから、返せたらいいなって考えて」
「その答えがコレ?」
「使ったことのない食材との組み合わせがいいなって。もちっとしてるのはお餅が煉って入れてあるからだよ」

 そう言いながら見せてくれたのは、スケッチブックに描かれたケーキと余白に書き込まれた注文案だった。プリンの淡い黄色が少し滲んでいて、触ってみると紙がふやけている。
 あの日のなまえの葛藤と決意が、ここには凝縮されている様な気がして。スケッチブックの薄い黄色が眩しく見えた。

「いいんじゃない。コレいける」
「本当!?良かった!8月はもう一つ、ゼリーもあるから楽しみにしててね」

 柔らかく笑うなまえは、このスケッチブックに負けない位眩しい。そんなことが頭を掠めても言ったり出来ない僕は、顔をそらして残りのケーキを平らげる事に没頭するフリをした。



***続***

20150521

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