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課題をmalaxer


 蛍くんが一週間の合宿に行ってしまってから、本当に淋しいと輪をかけて感じる。今までだって毎日会えた訳じゃないのに。
 因みに今回も東京だと思っていたら、埼玉らしい。梟谷学園グループという傘下の高校の中で、各校持ち回りで合宿地が変わるんだって。
 埼玉も東京も行った事はない。テレビや雑誌で得た知識からぼんやりと勝手なイメージを思い描き、蛍くんの顔を思い出してそれを有耶無耶に掻き消した。

(何処に行ったって、あの熱気が篭る体育館に代わりはないもの) 

 私がこの小さい店を戦場でありお客様の小さな幸せを繋げる場所だと思う様に、体育館はバレーボールをする人にとって特別な場所だと思う。
 試合や練習を見せてもらったから、蛍くんがどこで頑張っているかは知っている。だから、場所が変わってもやることに変わりはない。
 でも相手が変わる。強豪校の人と練習を沢山やれる機会は貴重だろうと思う。

(私も頑張らなきゃ!)

 ふーっと息をゆっくり吐き出し、気合を入れて新作ケーキのファイルを確認した。今までに出した8月のケーキ案は全部没。
 1品はお父さんが決めたマンゴーとキウイソースのゼリーで、とても涼しげで綺麗な色合いだった。勿論味も最高。
 もう一つタルト系が出したい。そこまで言われても、悔しいことに首を縦に振って貰えるだけのものを考え付かないでいる。
 接客の合間に食材を挙げてレギュラー商品との兼ね合いを見つつ考えたものの、全く思いつかなかった。今まで使ったことのないものもいいかもしれない。
 夏だし、出来れば後味のさっぱりするものがいい。それでいて見栄えも栄えるよう、色も鮮やかな方がいい。



 夜になっても考えはまとまらず、ベッドを背もたれにしてノートと鉛筆を握りしめて唸っていると、机に置きっぱなしにしていた携帯が震えて着信を知らせた。

「うわぁ!あ……」

 浮かんでいる名前を認識すると、一瞬だけケーキのことが遠のく。そうして体中が嬉しいと言わんばかりに騒ぎ出して、落ち着けと何度も言い聞かせながら電話に出た。

「はい。蛍くん?」
(随分忙しいみたいだね)

 蛍くんらしい皮肉の篭った第一声すら、彼だと思うと恋しい。合宿中は忙しいだろうと思って、自分からは連絡するのを控えていた。
 それにどこか部活を割り切っている様子の蛍くんには、今の自分の悩みを打ち明けるのは面倒がられる気がして。言い出すきっかけを失っていた。

「二日目だね!あの、頑張……」
(なまえはさ、何でそんなにお菓子作るのに本気になれるの?)

 唐突な質問に押し黙る。携帯を握る手に力が入って、視線を机に置いたノートに移した。食材の羅列と、描いたケーキにバツが入った落書き。
 一応と出していた色鉛筆は、まだ机にあるだけで出番の予定も分からない。それでも私は止めるつもりなんかない。結果が出せなくても、考えるのは止めない。

「好きだからだよ」
(いつ好きになったの?生まれた時から身近にあるものだったから?)
「うーん、うん?ちょっと待ってね。少し整理してもいい?」

 電話越しに沈黙が流れている。私は蛍くんが待っていてくれるものだと解釈して、過去の自分を振り返ってみる。
 小さな頃から、お父さんを尊敬していたのは事実だ。それでも、自分もそうありたいと思った瞬間はきっかけがあった様に思う。

「私は、お店にきてくれる人が笑顔になってくれるのが嬉しい。この仕事は、誰かの幸せに花を添えられるものだって思ってる。から、そういうものを作りたいって思う」
(……一番になりたいとか、思う?)
「一番?うーん。その人のその一瞬に、ここのケーキを選んだのがベストの選択だったって思って貰えるようにはなりたい。けど、これって一番になりたいってことかな?」

 私の住む町だけでも数え切れないくらいのケーキ屋がある。それでも多くの中からここを選んでくれる人には、やっぱり満足して貰いたい。
 それが傲慢なこととは思わないけど、出来れば沢山の人にそう思ってもらいたいと思うのは。やっぱり野心的なのかな。

(ふーん……そっか)
「あ、でも。新作案で没連発してる時点でまだまだって感じなんだけどね!」
(どうせ没食らいまくっても、止める気なんかないくせに)

 見透かされた気がして嬉しいと思うのは、とても貴重な経験だ。蛍くんは私が真剣だと言うことを理解してくれていて、それを否定したりしない。
 睨みつけたノートの枠線がじんわり滲む。報われない努力を見ていて貰えることが、どんなに嬉しくてあり難いことか。
 蛍くんに上手く伝えられる術はあるかなぁ。

「あ、ありがとう!」
(何でなまえがお礼言うわけ?)
「ごめん、ね!ちょっと煮詰まってて。もう期限もギリギリで。今回は駄目かもってちょっと頭の片隅で思っちゃったけど、諦めたくなくてっ!」

 堰を切った様に止まらなくなった。蛍くんにこんな話をしてもいい迷惑かもしれないのに。それでも話したいのは、やっぱり蛍くんなんだ。
 恥ずかしさと不甲斐なさでノートに顔を埋めた。涙が紙に吸い込まれて、書きかけのタルトの土台の上が変色していく。

(……8月のやつ?どんなのでやりたいの?)
「喉越し滑らかで色鮮やかなものがいいから、タルトの上はプリン生地にしようと思うの。でもその上が、今までにない新しい組み合わせでって思うと……全く」
(なまえは欲張りだよね)
「そう、思います。ハイ」

 常に新しく。それは心掛けであって、新作のケーキが誰も食べたことのない味ってことにはならないとは分かっている。
 それでも目標に近づける為には、使ったことのない食材や組み合わせで美味しく見た目も綺麗であること。これが最良だ。
 ふと役が回ってこないままの色鉛筆を見た。取り出した色は黄色よりさらに薄い刈安色。涙でふやけたタルト台のその上を塗っていく。
 優しげな淡いその色は、プリンよりも蛍くんの髪を思わせた。

「プリンの上は、何色がいいかなぁ……」
(緑か黒。でも、やっぱり淡い緑)

 私ならあまり選ばないだろう色を言われて、喉が上下するのが分かる。お父さんが色々なものを見たり食べたりしろと言うのは、つまりこういう事。
 自分にはない発想を補ってくれるのは、誰かが作り出したものや考えだと思う。私が蛍くんに言う言葉は、やっぱりこれしか思いつかない。

「ありがとう!淡い緑ね」
(いや、お礼は僕が言いたい位なんだけど)

 電話越しに聞こえてくる言葉に耳を疑って、見られていないと分かっていても首を傾けてしまった。今のやり取り、どこに蛍くんがお礼を言う必要があっただろうか。

「えっと、お礼は良く分からないけど、蛍くんにいつかお返し出来るように頑張るね!」
(いつもので十分だからいいよ)

 最後にくぐもった蛍くんの笑い声が漏れてきて、じわじわと嬉しくなる。気付けば涙は引っ込んでいて、やる気が満タンに充電されていた。
 好きな人の声って、とても原動力になるんだなぁ。蛍くんにはまだ伝えられない新たな発見をして、おやすみなさいと返す声は少しくすぐったかった。



***続***

20150312

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