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先にある楽しみ


 昨日、家に帰って事の次第を報告したら、何故か晩御飯にお赤飯が炊かれていた。彼氏じゃないって何度も言ったのにお母さんは信じてくれないし、お父さんは仏頂面で食事中ずっと無口。
 明日もお邪魔させてもらうから何か焼き菓子を持って行きたいと言ったら、ドライアイスを沢山入れてケーキを持たせてくれたけど。
 厨房にずっといるお父さんは、蛍くんはショートケーキが好きな常連さんだということを何となく察しているみたい。
 それに気付くと不器用なお父さんの優しさに嬉しくなって、揺らさない様に大事に箱を抱えて蛍くんの家までの道を歩いた。

「蛍くん、こんにち……」
「あら、いらっしゃーい!」
「……」

 夕方になっても蒸し暑いというのに、蛍くんは表札の前で待ち構えていて。どうしてだろうと思いつつ声をかけると、後ろのドアが開いた。
 そして蛍くんの無言の不機嫌顔が続く。私は何となく昨日のお父さんと印象が被ってしまって、不謹慎にも笑い出しそうになった。
 それでもここで笑ったら後が怖いから耐えつつ、蛍くんの後ろの女の人に向けて挨拶をした。

「こんにちは、みょうじなまえです」
「先入ったら?」
「あの、これ、ナマモノなので冷蔵庫に……」
「まぁ……あら、ここのケーキ、蛍も好きでよく買ってくるのよ」
「もう何でもいいから中に入ってからにして」

 眉間の皺を深く刻んだ蛍くんが、私の背中を押しながら中へと入っていく。その手が置かれた部分の感覚があやふやで、背中から汗が噴出しそう。
 どうしよう、夕方とはいえまだ日差しも強くて。歩いてきたから汗とか匂いとか。でもそんな暑い中、蛍くんは外で待っていてくれたんだよね。

「蛍くん、ありがとう。中で待っててくれても良かったのに」
「この現状見てそれ言う?何なら今日はファミレスでも良い位なんだけど?」

 蛍くんの言い草とは対照的な蛍くんのお母さんの優しい声が聞こえてきて。「後でお茶出すから、上がってもらいなさい」という言葉に、蛍くんはこれ見よがしに溜息をつく。
 私が玄関先で佇んでいると上がり框を無言で叩く彼が見えて、一礼してから腰を降ろすことにした。



 部屋までお茶を持ってきてくれた蛍くんのお母さんは、蛍くんがウチのショートケーキをとても気に入っていると教えてくれた。
 たまに家族分買ってきてくれてちゃっかりお金を要求されるけど、なんて笑いながら伝えてくれる。とても大らかな人の様で、私にも親切に接してくれた。

「前に明光もここのケーキ美味しいって言ってたのよ」
「そろそろ勉強したいんだけど。もういいでしょ」

 遮断する様な蛍くんの言葉で、「ごゆっくり」と言いながら出て行ってしまった。頭を下げたけれど、見えたかな。帰りにもしっかりお礼を言わなくちゃ。
 体ごと扉の方に向いていたので、テーブルの正面に座りなおして蛍くんを見上げる。明光くんってお兄さんのことかとか、聞いてもいいのかな。

「あの、蛍くん、聞いてもいい?」
「……兄貴」
「そっか。ありがとう」

 私の数学のプリントを受け取りながら、蛍くんは目線も合わせずに答えてくれた。前にも感じたけど、お兄さんのことはあまり答えたくないのかもしれない。
 そうしてやっと視線をプリントに落とし込むと、昨日の夜にあれ程電卓を叩いても同じ答えにならない地理の宿題が見えた。
 一気に現実に引き戻されて、軽快にシャーペンを走らせる蛍くんには申し訳ないと思いつつ口を開く。

「蛍くん、ここの計算なんだけど、算出してみても同じ数値が出なくって。蛍くんの昨日出してくれた答えを見せてもらってもいいかな?」
「何で毎回違うわけ?打ち間違い?」
「うう、私には謎過ぎて……」
「うわ!計算過程いちいち書き出したのに答え合わないの?何ソレ」

 真っ黒に埋まったルーズリーフを一緒に提出すれば、辛辣な声が返ってきた。それでも言い返す言葉も見つからず、ただただ沈黙。
 しかも、残念ながらどの答えも蛍くんが算出してくれた数値と違っていた。どうやら繰り返し演算中の打ち間違いの様で、手を煩わせるのも申し訳ない。
 蛍くんの書いてくれた模範解答を見ながら電卓を叩くとあっという間に完成した。私の昨日の数時間は何だったのだろうと言いたい。

 勉強して脳を使う分、糖分を欲する要求は高まるのかもしれない。蛍くんが2つ目のショートケーキを平らげ、そんなことをぼんやりと思った時だった。

「あ、ごめんね。電話だ」
「どーぞ」

 私の携帯が着信を知らせて、見るとクラスの友達からで。今何しているのかと聞かれて、勉強中とだけ答えた時の心臓の音がおかしかった。
 蛍くんの方へ視線を向けない様に会話を続ける。内容は結構大きな花火大会があるのを知っていたかということだった。
 いつあるのかも知らなかったので日程だけ聞いて、いつもの長話をカットしてまた連絡するねと会話を打ち切る。蛍くんの方を見ると、少し形容しがたい顔をしていた。

「いくの?花火」
「え?行きたいけど……蛍くんは行かない?もしかして合宿中だったりする?」

 矢継ぎ早に聞いたところで、顔を顰めて横を向いてしまった蛍くんの頬が薄っすら赤いことに気付く。どうしてだろうと考えて、答えに行き着いてから自分も恥ずかしくなった。
 この聞き方だと、まるで蛍くんと花火大会に行きたいと言ってしまっている様なものだ。というか、お誘いそのものかもしれない。

「いつ?」
「来月の初めの土曜日、です」

 取って付けた様な敬語に蛍くんは顔を上げる。そしてにんまりといつもの、少しだけ意地悪な笑顔を覗かせた。咄嗟に身構えたけれど、ドクドクと鳴る心音は治まってくれない。

「そういえば、昨日の答え聞いてなかったよね」
「えっ?」
「一週間は淋しい?」

 昨日何とかはぐらかした質問を再び投げられて、退路はなくなってしまった。その代わりに差し出された甘い飴はとても魅力的で。
 その誘惑に負けた悔しさと意地で、とっくに出ていた答えをまるで言わされたみたいに答える。

「……淋しい、よ。一週間は長い」
「そ?じゃあ耐えたらご褒美が必要だね」

 顔を歪めて笑う蛍くんからは意地悪さは消えていて、私まで嬉しくなってきた。人混みが嫌いな方だと思うのに、一緒に行ってくれると思っていいんだよね。
 花火大会の事を知らせてくれた由梨音ちゃんには、後で存分に感謝したいと思う。ああ、でも。まずはそれより先に。

「ありがとう、蛍くん。淋しいけど楽しみが先にあるから平気だよ!」
「単純……」
「どうせ単純だよー」

 嬉しくなって自然と顔が緩んでしまう。勉強の手を再開させても、気持ちはまだ見ぬ花火大会へと飛んでいた。



***続***

20150205

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