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ゆっくりでいいから


 勢いでウチに来ればなんて言ってしまったことをやんわりと後悔し始めたのは、家の前に着いてからだった。横に並んだなまえは、緊張の所為か肩が小刻みに震えている。

「ちょっと、大丈夫?」
「あ。私、何も持ってきてな……」
「それはいいから。勉強しにきただけだし」

 性格上、人様の家に行くからには何か持ってこなくてはならないなんて考えたのかもしれない。軽く肩を叩いてみたところで、なまえは顔を上げた。
 ゆっくりと笑う。その顔に薄っすらと汗が浮かんでいるのは、暑さのせいか緊張のせいか。いずれにせよ、複雑な心境に変わりはない。
 僕は正直、騒がしい場所が好きじゃない。ファミレスだって図書館が休館日だからという理由で提案してみたけど、やっぱり勉強する場所ではないと思った。
 それに、ああいう場所はクーラーが効き過ぎている。なまえはキャミソールの上に薄手のカーディガンを羽織っていたけれど、温かい紅茶を頼んでいた。

「はぁ。緊張しないでいいってば」
「そ、ごめん!そうだよね!」

 また笑って立て直そうとするなまえに苛々してしまう理由には、何となく検討がついている。少し、期待してしまったからだ。
 なまえが僕の家ってことで特別に意識しているということを。でも菓子作りの為に全ての勘や鋭さを注いでしまうらしいこの、のんびり屋は。

「絶対分かってない」
「……蛍くん?」
「僕が二人でいたかっただけだから、なまえは無理矢理ついて来られた、でいいだろ」

 投げやり気味に捲くし立てる。本音も織り交ぜてみたけれど、またいつもの様にからかわれたと思って怒り出すだろう。
 なんて、思いながら口の端を上げようとしたら。

「違うよ!私も嬉しいから!」
「……っ!あ、そ」
「うん、お邪魔します!」

 まともになまえの顔を見ていられなくて、先に門を通る。真っ赤な顔して必死に嬉しいなんて言われたら、感じていた苛立ちなんてつまらないものに思えて。
 さっきとは別の意味で口が上がりそうになるのを、口元を押さえて隠すのが精一杯だった。



「はい、お茶」
「ありがとう!蛍くんのお部屋も広いね」
「そんなことはないと思うけど」

 玄関に着く前から庭が広いとか言っていたけれど、それは階段を上がって僕の部屋についても止まることはない。何がそんなに興奮材料なのか、さっぱり。
 勉強するつもりでプリントを広げているものの、計算の跡すら残っていなかった。僕がいない間になまえがこの部屋をまじまじと観察したかと思うと、怒るか迷う所だけど。

「あ、数学はこっちね。私も地理の計算してみるから、蛍くんも必要なら自分の電卓使ってね」
「……ああ、うん」

 勉強する気がない訳ではなかったらしい。その事に少しだけ拍子抜けして、気付かれない様に息を吐き出した。別に、そこは期待とかしてないけど。
 僕が黙ってしまったら、なまえの電卓を叩く音だけが響く部屋。今、この空間に二人きりだということを、少しくらいは意識してくれても。

「……いいんじゃないの?」
「ん?蛍くん、どうしたの?」
「別に。何でも」
「そう?あ、もし間違いとか気付いたら教えてね?他にも何かあったら聞いてね?」

 そう言いながら左手を伸ばして、ストローに口を付けた。吸い込む口元にばかり目がいくのは、止めようと思っても無理な話で。
 僕が律儀になまえのプリントを写すだけじゃなく、理解しながら書いていると信じて疑っていないことも。どうしようもなく、煽られるんだ。

「今日中に終わる気がしない」
「うーん、夏休みの宿題だからね。全部は無理だよね。でも、頑張ったら結構……」
「なまえ。また来たら?」

 喋り続けている途中で、無理矢理言葉を捩じ込んでみる。なまえの頭に手を乗せて髪を梳く。大人しくしているのが不思議で顔を傾げると、顔が段々と赤くなってきた。
 可愛い。こういう反応を、最初からしていればいいのに。

「い、いいの?」
「うん。また僕と二人きりでもいいならね」
「そういえば、お家の方はいないの?お母さんもお仕事?」
「……いや、外出してるだけだと思うけど」
「そっか、じゃあ今度はちゃんと何か持ってくる!今日は急にお邪魔してすみませんって伝えてくれるかなぁ?」

 心底申し訳なさそうにするから、僕も反論が面倒になって頷くだけに留めておく。当然だけど、山口なんかは何も持たずに来て夕飯まで食べて帰る。
 まぁ、山口と同じ様にされても吃驚するだろうけどね。

「そういえば、バレー部ってまた合宿あるんだよね?」
「うん。一週間」
「そっか、一週間……」

 一週間が7日なんてことは百も承知だろうに、指折数え始める。その仕草が淋しがっている様に見えたのは、僕の贔屓目だろうか。
 別に本当に淋しがっていなくてもいい。言葉にして、思い込みで刷り込ませるっていうのも有かもしれないし。

「なに、淋しいの?」
「……えっ!あ、う……」
「日本語喋ってよ」
「えっと、いつから、とか」

 僕の質問には答えないくせに、質問をふっかけてくるとはいい度胸だと思った。だから僕も、明確な答えを避けてしまうのは仕方ないと結論付ける。

「少なくとも、明日ではないよ」
「そ、そうなんだ。そっか」

 明らかに安心した様に肩の位置が下がるなまえを見て、実はもうすぐだなんて言い出せなくなった。言いたい事は、それじゃなかったのに。
 本当に、勘弁して欲しい。全部が全部、言わなきゃならないなんて。

「だから、明日も来て構わないんだけど?」
「え!本当?」
「そう言ってるだろ」
「そっかぁ。ありがとう、蛍くん!」

 吐き捨てただけの言葉を鵜呑みにして、感謝するなまえの意図はきっと僕には理解しきれない。ただ、明日も会える確約が出来たという事実だけ。だから今日はもう、いいや。
 きっと知らないだろうけど、僕は随分君に甘いと思うんだ。だから他の誰かの隣より、僕の傍が一番いいってゆっくり理解したらいいよ。



***続***

20150111

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