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柔らかな声


 夏休み前の球技大会は誰もが面倒だと零していた。このうだる様な暑さで外の競技は勿論、体育館で行われているバレーやバスケも大変で。
 外よりはましじゃないかと友達に言われてバスケを選んだ事を、なまえ自身も選択を誤ったかと悩み始めていた。

「あっつーい!」
「外の方がマシ?蒸し暑いねぇ」
「外は焼けるから嫌だ」
「でも、この汗はすごいね」

 タオルで拭いても手で扇いでも、汗が首から下へと流れていく。筋が出来て同じところを伝っていくのがくすぐったい。
 機密性の高い体育館の二階席は、息をしただけで温度が上がっていく様な錯覚を起こす。階下へ向けて放たれる言葉の数々に、不満と棘が加わるもの無理はない。

「ウチは早々にバスケ負けちゃうし!」
「3年生もいるし仕方ないよー」
「男子もあとはバレーだけ?」
「うん……あ、男子きた」
「次の試合?月島くんだ」

 友達の囁く月島という声に肩が撥ねたのを、ゆっくりと息を吐き出しながら誤魔化した。今のなまえにとって、それは呪文の様に体の自由を奪っていく。
 蛍が好きだと自覚したのは、ほんの数日前のことで。だからと言って何がどう変わったか的確には言い表せない。
 それでも蛍を見かける度に、誰かにその存在を知らされる度に。なまえの心臓は急速に音を刻み、体温は上昇していく。

「あ、こっち見た!」
「ええっ!嘘だぁ?」
「私見た?私!」
「違うでしょ、なまえじゃん?」
「え、何で私?何か変?」

 蛍のことを考えているだけで満たされていた分、本人と目を合わすことが出来なかった。前髪に不具合があったかと手で撫で付けながら周りを見渡せば、渋い顔をする友人たちが勢揃い。
 こうなると聞き返すのも怖いが、聞かないままはもっと怖い。何度かの経験からそれが分かっているだけ、なまえは慎重に口を開いた。

「ごめん、えっと……?」
「なまえだから!」
「え?」
「いいなぁ、なまえちゃん!」
「あの、だからどういう……」
「「「「それは自分で考えて」」」」
「う、うん。分かった」

 迫力に負けて、納得出来ぬまま次の声を飲み込む。恋は盲目とはよく言ったものだ。ふわふわとしていた曖昧な感情に色がついたら、正常な判断は途端に下せなくなる。
 蛍がこっちを見ていたかもしれないという可能性だけが、なまえの胸を嬉しさと混乱で緩く締め付けていった。

「あー!顔赤い!」
「えっ!?」
「いいなぁ、いいな!月島くんだもんね」
「からかうのは止めなよー?」
「もう試合始まるよ?」

 試合開始の笛が響いて、背伸びをして覗き込む。頭一つ周囲から抜けている蛍がその長い腕を伸ばすだけで、周囲からざわめきが広がった。

(蛍くんらしいなぁ)

 なまえは小さく息を零して、笑うだけに留めた。それに気付いたらしい右隣の友人が、大きな目をさらに大きくして尋ねてくる。

「何なに?何か分かったの?」
「うん。ああやって態と威嚇して、本気では飛ばないんだろうなって思って」
「ああ、そっか。球技大会だしね」
「月島くんってば優しい!」
「ってか、暑苦しいのとか嫌いそう」
「何かそれ分かる!バレーに選ばれても渋々だったよね」

 球技大会の種目決めのことを思い起こすと、なんとも言い難い気分になる。経験者という理由で種目を決定事項の様に決められていた蛍は、どんな気分だったのか。
 それと同時に思い出すのは、蛍の部活に対する姿勢と過去に聞かされた言葉だ。明確に言われた訳ではないし、想像でしかない部分も大きいが。
 考えたなりの答えに行き着けば、少しだけ自分の無力さが苦々しい。なまえは優勢に進んでいく試合を横目に、握り拳を胸に押し付けることしか出来なかった。



「はい、これ」
「わ、わぁ!蛍くん?」
「人を幽霊みたいに。驚き過ぎデショ」

 試合が終わってから一息つこうと自販機へ行くと、コインを投入する直前で蛍が後ろから声をかけてきた。さっきまで舞台で戦っていた人物が目の前にいると言うのは、おかしな錯覚を起こしそうだ。
 顔を見るなり急に周りの空気がじわりと熱を上げたのは、夏の日差しの所為だと思いたかった。差し出された愛飲しているほうじ茶は、手に触れると驚く程冷たい。

「ごめんね?コレありがとう」
「……さっき上にいたよね」
「うん。私達はもう負けたから」
「見て楽しいもんでもないと思うけど」
「え?そうかな?結構楽しかったよ!」

 間髪入れずにそう返答すると、蛍は目を見開いた後ゆっくりと首を傾けて。その後孤を描く様に口元が笑った。
 こういう顔をする時はそう、何かよからぬことを企んでいる。それが分かるくらいには、なまえは蛍と仲良くなれたつもりだ。

「な、なに?」
「最近のなまえは察しがいいね」
「本当?」
「嬉しそうにしないでくんない?肝心なところは全然駄目だから」

 軽口を叩きつつ、頭を小突く拳は優しく響く。蛍を好きだと気付いていなかった頃よりずっと簡単に振り切れる感情が、なまえにはいっそのこと煩わしかった。
 平常心と心の中で唱える。気付いたばかりの壊れやすく確かな気持ちは、まだ誰に悟られるのも遠慮したい。今少し、自分の中だけで燻らせていたかった。

「この後また試合だよね?頑張って!」
「あ、なまえ」
「ん?」
「つまんないだろうけど、また来れば?」

 呼ばれて振り返ると、蛍は笑ってなどいない。それがからかわれている訳ではないとは分かったが、何を意味するか理解するのには時間を要した。
 そして、その時間を待つことを蛍はよしとしなかった様だ。

「だから、見たいんでしょ?バレーが」

 ふーっと溜息付きで吐き出された声に、沸々と体中が喜びを主張し出す自分は何処か可笑しいのだろうか。そんな風に自嘲しつつも、顔の筋肉が緩むのが分かるから。
 なまえは躊躇いもなく即答する。

「うん、見たいよ!」
「……そう」

 肯定とも否定とも取れる蛍のたった一言は、なまえには蜜を乗せた様な愉悦を伴って聞こえてくる。先に体育館へと吸い込まれていく後ろ姿を飽きる事なく眺めて、緩みきった頬を引き上げる努力が必要だった。



***続***

20141019

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