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Fouetterで溢れる


「こんにちは」
「「「ちーっす!」」」
「……っ!ち、」
「ただの挨拶だから怖がらなくてもいいし、真似しなくてもいいから」
「みょうじさんだ!」
「日向くん、お邪魔してます」
「ふふっ。また会えた」
「清水さん!あ、本当だ……」

 放課後が始まってすぐだというのに、第二体育館は熱気でむせる様に暑い。知らない人も沢山いるこの環境に落ち着かないけれど、実は嬉しくて仕方ない。
 蛍くんのことを少しでも知りたい。クラスやお店に来てくれた時だけじゃなくて、彼の生活の大半を占めている部活での様子とか。
 ずっとそう思っていたけれど、蛍くんは私が試合に行くのも最初は難色を示していたから。部活を見学させてもらえるなんて、思ってもみなかった。
 横を見上げると、いつもより少し機嫌が悪いかな、とは思うけど。そして、清水さんの言っていたまたねの言葉を改めて思い出した。

「おおお?月島と並ぶと小さいな」
「へー、ほー、月島がなぁ」
「大地、すっげーオヤジっぽい」
「お前らぁぁぁぁ!ランニング!」
「「「オイーッス!」」」

 遠目から私を見て何か言っていたのは先輩みたい。一人だけ髭が生えていて大人っぽい人がいたけど三年生かな。すごいなぁ。
 鳥養さんの怒鳴り声で飛ぶ様に走っていって、蛍くんもその列に加わった。あ、西谷さんと田中さんに絡まれている。やっぱり、こんな蛍くんは新鮮だ。

「あ、あ、コホン!いいか、なまえ」
「わっ!ごめんなさい、烏養さん」
「いや、見蕩れてるとこ悪ぃが……」
「みっ!ちが、大丈夫です!」

 何を言っても言い訳にしか聞こえない気がして、説明をしてくれようとする烏養さんに顔をまともに見ることが出来ない。
 見てなかったなんて言ったら、嘘になっちゃうし。烏養さんはボールが飛んでくるかもしれないから近くにいるように言ってくれて、最後に頭を撫でてくれた。

「まぁ、その、何だ。色々ごちゃごちゃ言われるかもしれんが、しっかりな」
「……はい、あの?」
「烏養君、皆から見られてますよ?」
「先生?ち、違う!これは滝ノ上が……じゃなくて!月島、その目ぇ、ヤメロ!」

 私を物珍しげに見ていた人もいたけど、烏養さんの掛け声でチームの全員がビシっとなるのは流石だ。基礎練習から始めて、今日は2チームに分かれての試合形式の練習もあった。
 人生で一番間近で見たバレーボールは、迫力と音が桁違いで。床に叩き付けられる音が振動して、私の体まで揺られている錯覚に陥った。



 蛍くんが送ってくれた帰り道、興奮気味の私が一人で喋っている状態で蛍くんはいつもより無口だ。そして、反応が薄い事に不安になってさらに喋ってしまう。
 二人でいてこんなに緊張してしまうのはいつ以来だろう。蛍くんに嫌な気分にはなって欲しくなくて、沈黙が怖くて喋り続けた。

「蛍くん、すっごく格好良かった!」
「それさっきから聞いてる」
「あ、新しいマネージャーの子、可愛いね!」
「ちょっと会話が意味不明だけどね」

 清水さんからマネージャーの勧誘を受けたことがあるから、ちょっと気になっていて。今まで前だけを見て歩いていた蛍くんが、こっちを見てくれたことにも安心した。
 谷地さんは隣のクラスの子らしい。今日は緊張して上手く喋れなかったけど、私も仲良くしてみたいな。髪の色も綺麗で、お洒落さんだった。
 素人の私が見ただけでも分かる位すごく頑張っていて、あんな子にマネージャーになってもらえたら安心出来ると思う。会話が意味不明かは、分からないけれど。

「良かったね!」
「……なんかムカつく」

 そう言って蛍くんの長い指が伸びてきて、私の頬を躊躇いもなく摘む。少しだけ伸びた後に痛みを感じて、恥ずかしさが消し飛んだ。

「へ?ふぁんで?」
「あはは、よく伸びる皮膚だねぇ?」
「いひゃい、やめへー!」

 嬉しそうに口元を歪めるくせに、目が全然笑っていない。何が蛍くんの沸点に達してしまった理由だったのか、検討もつかなくて。
 抵抗すると痛いと分かったから、立ち止まってみた。そのまま引き摺られないだけマシなのかもしれない。蛍くんも止まってくれて、頬から指が遠のく。

「こっちばっかり余裕なくて、ムカつく」
「蛍くん?」
「そうだね、谷地さんは一生懸命だし可愛いし、助かってるよ」

 あれ、何だろう。胸がズキズキする。当然のことを言っているだけなのに。蛍くんが人を手放しで褒めるなんて、珍しいからかな。

「そんな顔しないでよ」
「え、うん、ごめん!」
「可愛いって言ってたのは、山口だし」
「そうなんだ、そっか」

 噛み締める様に頷いてしまった。心の何処かでほっとしてしまう私は、一体何様だ。下を向いていく頭を上げるのが怖い。
 どう思われたかな、今の。蛍くんは今、どんな表情をしているの?

「全然思い通りにいかないと苛々する」
「え?」
「そのくせ不安そうにされると嫌になる」

 思いもよらない言葉に顔をゆっくり上げると、蛍くんの声がはっきりと聞こえた。私はこれ以上聞き返す勇気もなくて、ただ黙って聞いているだけ。

「難しいねって、こっちの話」
「蛍くん……」
「早く歩いて。早めに出てきた意味がなくなるから」

 そう言って再び歩き出す蛍くんは、何処か遠くを見ているみたいで。ついて行く足が少し早足になった。私が外で待っていたから、部室から早めに出てきてくれていたんだ。
 そんな事も考え付かないなんて、見学に来たのは間違いだったかもしれない。だって心臓が、いつもよりずっと早く動きっぱなしだから。
 背から視線を上げて、後ろ髪を見る。月明かりにも浮かび上がる蛍くんの髪は、キラキラしていて綺麗で。ずっと見つめていても飽きない。

(ああ、多分。もうずっと前から)

 頭に浮かんだと言うよりも、心が訴えたいみたいに急かされる感覚。気付いたばかりの気持ちを確認して、そっと拳を握った。
 顔が熱くて、嬉しくて、恥ずかしくて。でも、やっぱり笑うのを止められない。こんなに幸せな気持ちがあるなんて、ちっとも知らなかったよ。
 私、蛍くんが好き。まだ声に出して言えないから、後頭部に向かって念じてみるのが精一杯だけど。



***続***

20140823

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