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確信犯の誘い


「俺が言う?」
「いや、別にいいよ。適当に言う」
「でもさ、ツッキー!その顔ちょっと怖いっていうか、不機嫌丸出しなんだけど……」

 朝練終わりの教室へ向かう途中で、山口の言わんとしている事が分かるのに苛立つ。人の指図でどうこうするのはうんざりだけど、一つだけ葛藤があって。
 部活のことに関しては、なまえを意図的に遠ざけている。きっと向こうもそれに気付いていて、どこか遠慮しているところがあると思う。
 だから、なまえにこういうことを言うに当たって。嫌々を装う以外に方法が無いと気づいたから、この機会を逃すのは惜しい気もする。
 そんな複雑で矛盾した心境は、朝から僕の不機嫌指数を押し上げるばかりだった。

「蛍くん、おは……ってアレ?」
「みょうじさん、おはよ!」
「おはよう、山口くん。あの……」
「ああー……ツッキー、ね、」
「おはよ。なまえ、ちょっといい?」

 上から見下ろして、軽く顎を動かすだけ。それだけで肩を竦ませたなまえに、自分の目つきも眉間の皺も酷いだろうと思ったけれど。
 ごめん、今はそんな余裕ない。早く、これ以上いらないことを考えないで済むように吐き出してしまいたい。

「えっと、どうしたの?」
「何でそんなソワソワしてる訳?」
「う、うん。もうすぐ皆来ちゃうし……」
「ああ、そういう事」

 大袈裟に溜息を吐いてみせたら、なまえはまた僕から目を逸らす。きっと、僕の机の前に自分がいていいのか、とか何とか。
 検討外れのくだらないことで心配したり焦ったりしているんだ。本当に、馬鹿じゃないの?一瞬で用件だけ言ってしまうのが勿体なくなるなんて。
 僕もなまえのことを言えないくらい馬鹿だと思う。

「ちょっと、気が抜けるんだけど」
「えっ!ごめん?」
「意味分かってないのに謝る癖、どうにかしなよね」
「う……ごめ、あ、ど、努力します」
「ツッキー?」
「山口うるさい、あと微妙な位置で黙って聞いてる位ならこっち来たら?」

 そう言って顔を傾けたら、慌てた声を出しながら山口がなまえの隣に並ぶ。山口を見上げたなまえが、あからさまに安心した様に笑うから。
 僕は早くも、山口に言ったことを取り消したい気持ちになった。

「あのさ、部の練習見にきたら?」
「え!でも、いいのかな?」
「見学くらいいいと思う」

 山口となまえが目だけで会話している様に見えて、わざと小さい声で言ってみる。それでも彼女にはしっかりと届いていて。
 僕の机に手をついて聞き返してきた。体が僕の方に傾いて嬉しそうにしているのを見るだけで、さっきのことなんかどうでも良くなる自分が笑える。
 いや、やっぱり笑えない。

「わぁ、行きたい、かも」
「来なよ!みょうじさん。きっと先輩たちも喜ぶよ!」
「山口……」
「ん?先輩?」
「えっ、あ!あ、ツッキイィー……」

 笑顔でボロボロと不必要な情報を与えておいて、全部を僕に丸投げときた。本当に勘弁してよ。そしてなまえもなまえだ。
 何も面白いことじゃないのに、期待の眼差しを向けてくるのは止めて欲しい。がっかりさせたくないって、思ってしまうから。

「もしかして、西谷さんと田中さん?」
「名前覚えたんだ」
「勿論だよ!楽しくて良い人たちだったよね」

 彼女の言う所の「良い人」のハードルは低すぎると僕は思う。いきなりファミレスに連れ込まれて失礼な質問吹っかけられたのを、もう忘れてしまったんだろうか。

「意味分かんないんだけど」
「田中さんも西谷さんも強引だからなぁ」
「そうかな?でも蛍くんの新しい一面を見れて、昨日はすっごく楽しかったよ!」

 笑って言い切るなまえの横で、山口の顔がみるみる赤くなっていく。そこで赤面するのが僕じゃなくて山口なのは違和感しかない。
 まぁ、僕だってさっきまでの苛々はあっさり上書きされたけど。

「あっそ。怖い顔して見学しないでよね」
「ごめん、ね?でも応援してたらつい」
「へ!?ツッキー、それ酷……ってかみょうじさん、全然怖くないじゃん!」

 ああ、もう。ホント、山口何なの。実はなまえのこと好きなの?いやそんな訳ないって分かっているけどさ。なまえが山口を見て、それから僕を見て笑う。
 だから嫌だ。ペースを乱されるって予兆は察知出来るのに、逃れられそうもないから。

「うん。これは蛍くんなりのアドバイスだから、山口くんが心配しなくても蛍くんのこと悪く思ったりしないよ?」
「はぁ?」
「え……あ、そう?ならいいや」
「山口くんは本当、蛍くんが好きだね」
「うん!俺とツッキーは……」
「うるさい、山口」

 このやり取り、いつかやった事ある気がするけど。思いっきり睨んでやったのに、どうして二人は嬉しそうな顔をするんだか。
 分かっているけど、分かりたくない。

「あ、俺今日の数学当たるんだった!」
「さっさと席戻れば?」
「うん!そうする。みょうじさんも、後でね!」
「うん」

 山口が自分の席へ戻ってノートを見ながらぶつぶつと呟き始めるまで、黙ってその光景を見ていた。あの調子じゃ、解答見ながら宿題やったな。
 手持ち無沙汰になったのか、なまえがそわそわと体を揺らして半歩後ろへ引いていく。机から斜めに進めば、もう彼女の席に届きそうで。
 逃げる小指を右手で掴んで、何も言わずにただ見上げた。少しだけ机から身を乗り出した僕を、物珍しそうに見ているのか。それとも硬直しているだけか。
 なまえは瞬きもせず焦りもしない。結局、この賭けに耐え切れなくなったのも僕の方だった。

「先輩たちの間では僕の好きな人ってことになってるから、いじられたらごめんね?」
「えっと、誰が?」
「馬鹿なの?今の流れ、どう考えても君のことだけど」
「……え?えっ?」
「さっさと席戻りなよ」

 ゆっくりと理解したらしい彼女は耳まで赤くして、聞き返して来る声も聞き取れない位小さい。それが小指から伝って、僕も恥ずかしくなってくるから困った。
 誤解だとも違うとも言ってないから、嘘を伝えた訳じゃない。
 なまえがもう聞き返してこないと分かっていながら、自分に向けての言い訳を頭の中で繰り返していた。



***続***

20140724

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