入学式の日の屈辱を忘れられないまま、高校生活は始まっていった。私の滑り出しは大失敗に終わった。それもこれも月島くんのせいだ。
そんな彼が私の座る席の斜め前にいるものだから、授業中でもふとした拍子にフラッシュバックしてしまう。
「……さん、みょうじさん!」
「はい!?」
「授業中にぼーっとしない。これ、解いてみて」
やってしまった。一つの物事に集中していると周りの声が全然聞こえなくなる。要領の悪い自分が悪いのに、笑われるのが恥ずかしい。
弾かれたように立ち上がると、聞こえる笑い声に混じる溜息。月島くんだ。
(く、誰のせいで!)
なんて言いたいけど言えるはずもなく、黒板の数式を見ながら歩いていく。途中で月島くんの横を通ったけど、勿論見向きもしなかった。
要領が悪いのは分かっているから、予習復習は念入りにしている。チョークを勢いよく奏でながら、解答を導く数式を書いていく。
「……出来ました」
「ん、正解!座りなさい。今度からちゃんと聞くように」
「はい、すみません」
ひそひそと話していた声が、おおーという歓声に変わる。少しくすぐったさを感じながら、短い距離を歩いていく。
最後に月島くんと目が合って、口の形が「馬鹿」と動いたような気がした。何で?
「解答は合って……ん?」
「……あ!」
先生に言われる前に気付いてしまった。私の解いた因数分解は正解だけど、途中の単純な足し算の数字が間違っている。
そして暗算で導いた答えをそのまま書いてしまい、答えだけが正解している。式を見ると二回間違えていることになるのだ。
すごく恥ずかしい!馬鹿、私の馬鹿!
「みょうじさん、書き間違え?気をつけてね」
「すみませんー!」
今度こそはっきりと、クラス中に笑いが起こった。穴があったら入りたいとは、まさに今のような時に相応しい。
ゆるゆると顔を上げると、前の席の子までが後ろを向いてドンマイと言っている。斜め前の月島くんを見ると、振り返って今度こそはっきりと「馬鹿」と言っていた。
言い返せない、何も言い返せないけど。月島くんなんか。月島くんなんて!
「ツッキー!ごはん食べよう」
「うるさいよ、山口」
休み時間の度に、邪険にされているのにツッキーと愛称で呼びかけている山口くんの心って強いと思う。なんだかんだ言っても仲良しなのかな?
大きすぎる山口くんの声が耳に入ってきてしまう。聞きたいような、聞きたくないような。大体、何で山口くんみたいな良い人が月島くんと友達なんだか。
月島くんは相変わらず私とはクラスで初めて会ったかのように振る舞い、私も余計なことは誰にも何も言っていない。
お店にはあの後一度来て、その時もショートケーキを買っていった。
入って来た時は普通だったのに、私が店の手伝いで接客に立っていると分かると、あからさまに溜息をついてきた。
(お客様だから、何にも言えないけど)
半ばヤケクソになってニコニコしながら接客をしていたら、帰り際に月島くんが露骨に笑い出して「口の端、引きつってるけど?」と言ってきたのだ。
嫌味に負けるものかとありがとうございましたと頭を下げたけど、お客さんが途切れたところで思いっきり地団太を踏んだ。
こんな具合でマイナスイメージしかない月島くんだけど、おかしなことに、クラスの子からは概ね好印象なのだ。
プリントを渡された時も、にっこり笑って「ありがとう」とか言っていたし、爽やかだとか何とか。皆騙されていると思う。
「ツッキー!明日の試合だけどさ」
「……ああ。王様とのやつね」
「何か……どうしたの?」
「……別に」
山口くんには遠慮してないし、素みたいだけど。そしてちょっと横顔が怖いなぁなんて。月島くんはこっちなんか見たりしないのに、何故かお弁当を睨むように顔を下げた。
どうやら二人はバレー部に入ったらしい。二人とも背が高いし、何かスポーツやっているのかなぁとは思っていたけど。
そんな二人にはぴったりだ。別に知りたかった訳じゃないけど、山口くんの声はよく通る声だから。
左手で紙パックのジュースを掴んで、飲むフリしながら顔をそっと上げた。月島くんの声が、頭にまで低く響く。
何か気に食わないことでもあったんだろうか。別に私のことじゃない、とは思うけど。あれ、私、何もしてないよね?
「っぷ!」
「え?どうしたの、ツッキー?」
「何でもない」
くつくつと笑い出した月島くんの頭が下がって、ヘッドフォンに埋もれてしまった。機嫌が悪いかと思いきや急に笑い出したりして、一体何。
山口くんが違う話題を喋りだした横で、頭を起こした月島くんの視線が後ろへ回ってきて。誤魔化し様もないくらい、目が合ってしまった。
「面白い顔」
「……っ!」
「何か言った?ツッキー」
「なんにも?」
私が忌々しげに視線をお弁当に戻した所で、アハハという笑い声が響く。これだから、月島くんなんか。月島くんなんて!
***続***
20131025