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先輩たち


「あ、すみません。ショートケーキ追加で」
「えっ!月島、お前もう……」
「有り難くも先輩方が奢ってくださるんだから、遠慮する方が失礼ってもんですよねぇ?」

 持っていたフォークを力強く握りながら笑う蛍くんは、いつもよりずっと機嫌が悪い。それはもう、分かり易く不機嫌さを隠しもしない時よりよっぽど。
 その声に肩を竦ませて返事代わりにカクカクと頷いた、私から見て正面右の先輩は坊主頭だ。キョトンとした大きな目を遠慮なく向けてくる、その隣の先輩はリベロの有名な人。
 多分、西谷さん。会場で噂されていた人だから、中学から凄い人なんだろうなぁ。



 私達がケーキ屋さんから帰ろうとした矢先、大きな声をあげて蛍くんに近づいてきた二人組によって、あっと言う間にファミレスに連れて来られた。
 けれどいざ座って私と顔を合わせた途端、二人は固まってしまって動かなくなる。ソレを見た蛍くんはわざとらしく溜息を吐き出し、メニュー表を見て注文を始めたのだ。
 この二人に囲まれて前方を歩いている間、どういう会話をしていたのかは聞き取れなかった。分かっているのは、蛍くんが嫌々それに従ったのだということだけ。
 最初は「お疲れ様でーす」なんて言いながらかわそうとしていたのに、何か耳打ちされたところで蛍くんが態度を変えた。
 流石、体育会系の年功序列といったところかな。今の不遜な態度は、全然後輩らしくはないけれど。

「あ、あの……」
「おおおお、おう!」
「バレー部の先輩、ですよね?」
「ああ、ハイ!お宅様はどちらさんで?」
「すみません。みょうじなまえです。蛍くんとは同じクラスです」
「っていうか、無理矢理つれてきて名乗らないそっちが不審者ですよね?」
「蛍くん!」
「あー……あ、いやいやみょうじさん、そうだな。田中……です、田中」
「西谷夕。えーっとつまり、みょうじさんは月島の彼女?」

 いきなりのことに驚いて、握りしめていたお水がコップの中で大きく撥ねる。西谷さんは尚も私を真っ直ぐに見てきて、瞬きするのも申し訳ない位。
 時間にして多分数秒、私は固まっていたと思う。黙々とケーキを食べていた蛍くんの元に、新しいショートケーキが運ばれてきた所で、大きく息を吹き返した。

「そういうの、普通僕の方に聞きません?」
「うおい!直球過ぎるわ、ノヤさぁん!」
「お、そうか?でも気になるのってそこだろ!」

 がばっと勢い良く西谷さんの肩を揺すりだした田中さんは、とっても迫力がある。そう言えば、試合の時はスパイクをいっぱい決めていて、声も大きかった。
 その声の大きさに、蛍くんがちっと舌打ちするのが見えて。笑いそうになる口元は、慌てて押さえ込んだけれど。

「後輩を連れ込んで尋問。パワハラってやつですよね?」
「げっ!何か月島が言うと嫌味っぽい!」
「たまの休みに二人揃って。そちらこそ彼女とかいないんですかねぇ?」
「お前!デカイからって!デカイからって!」
「背の高さは関係ないですよ?」

 先輩は西谷さんの方なのに、蛍くんがケーキを食べながら見下ろす様子はとても後輩には見えない。質問返しをされて、及び腰だった田中さんも背もたれまで後退した。
 私は余計なことを言わない方がいいのかなぁ。彼女とか、全然そんなことないのに。

「くっそー!ソーダ飲む!」
「その宣言勢い良く言う意味あるのか、ノヤっさん」
「龍も来い!作戦会議だ!」
「っぷ、何ですかソレ」

 さっきの店でケーキを食べたのに、ファミレスに来てからも2つケーキを平らげた蛍くん。男の子ってすごい。でも、蛍くんは大食いのイメージないのに。
 二人が躓きながらドリンクバーまで行くのを見送って、こっそりと息を逃がした。やっぱり初対面の人と対峙しているこの状況に、少なからず緊張しているみたい。

「なまえ、大丈夫?」
「え!あ、私また何かした?」
「いや、不躾なのはあの二人だから大丈夫。それより本当に何か頼んだら?」

 確かに、ファミレスで何も注文しないのは駄目かもしれない。メニュー表を受け取って開いてみる。でも全然頭に入ってこない。

「あの、蛍くん……」
「二人とも部の先輩。試合見てたし知ってると思うケド」
「うん。リベロとウィングスパイカーの人、だと思った」
「そう。基本女子に免疫ないから、緊張しなくても大丈夫だよ」

 さらっと失礼なことを言う蛍くんに、聞きたいのはそういう事じゃないと言い出せなかった。彼女じゃないって否定しなくていいのかな。
 そう思ったところで、胸の辺りがズキンと痛む。別に本当のことなのに、傷つくなんて間違っているのに。蛍くんの顔が見られない。

「ヘイ!みょうじさんは何飲みますか!?」
「えっ、あの!」
「その口調やめてもらえません?」
「おおー……月島が誰かを庇ってるのとか何か怖ぇぇ……」

 気付けばドリンクバーのグラスは人数分運ばれていて。そんなことも気付かないなんて、やっぱり動揺していたみたい。
 私はしばらく考え、「アイスティーにします」と答えた。それにしても、何故田中さんは敬語なのだろうか。

「それより蛍くんって呼んでたよな!」
「目敏いぜ、流石ノヤっさん」
「わ、私、取ってきます……」
「僕も行くよ」
「おお、逃げた」
「逃げたな!」
「……っ!」

 あからさまに蛍くんが苛立っていくのが分かって、噴出しそうになるのを必死で堪えた。蛍くんが挑発に弱いなんて知らなかったから。
 新しい面を発見出来るなら、先輩方とお喋りするのは緊張するけど嫌じゃない。寧ろ、自分一人じゃ知りようもなかった事が分かって嬉しい。

「ここで楽しそうにするなんていい度胸だね、なまえも」
「えっ!私?」
「おおお……なまえって呼んだ!」
「やっぱ、付き合ってる?」

 すぐ後ろから聞こえてくる先輩方二人の声に、蛍くんはにっこりと笑い顔を作って振り返る。そして首を少しだけ右に傾けて言った。

「付き合ってないですよ。まだ」
「「まだ……!?」」

 綺麗に揃った疑問符は、私の思考とも重なって大きくなる。どういう意味かと考えている合間にも、さっきまでの表情は消え去っていたらしい。
 蛍くんが私の方を振り返って、満足気に薄っすら笑うから。周りの音も明る過ぎる店内も何もかもが遠ざかって、それしか記憶に残らなかった。



***続***

20140629

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