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優しさのsiroper


 放課後、制服姿のまま誰かと出かけるなんて、思えば初めてのことだった。私は足取りも気持ちもふわふわと浮ついたまま、蛍くんの少し後ろを歩く。

「なまえ、遅い」
「そ、そうかな」
「いつもこれ位で大丈夫デショ?」
「いつもより遅い?」
「というか、フラフラしてる。危ない」

 ぐっと二の腕近くに手を入れられて、引っ張られるように出した一歩は大きくて。早足になりながら必死でついていく。
 驚き過ぎて頭もぼうっとしてしまって、バス停まで続いたそれを私は抗議することが出来なかった。

「駅前のショップで新譜見ていい?」
「うん、勿論」
「あとなまえが好きそうなケーキ屋が近くに出来たらしいよ?」
「あ!それちょっと気になってたんだ。イートインしたらアイスもついてくる所だよね?」

 女の子の間で、デコレーションが綺麗だとすっかり評判になっていたケーキ屋さん。同じ値段なのにお持ち帰りするより中で食べる方がお得だなんて、すごいと思う。
 個人店じゃそうはいかないから、大きいグループのところなんだろうなぁ。まぁ、ウチは喫茶スペースがないから、もうこの時点で敵わないけどね。
 私はつい難しい顔をしていただろうか、蛍くんがコツンと頭を小突いてくる。こちらを向けと言わんばかりに振り下ろされた鉄拳は、蛍くんの顔ほどの怒りは感じられなかった。

「偵察、行く?」
「うん。行きたい」
「そんな不安そうな顔しなくても、なまえのトコの客足には関係ないよ」

 そんな風に言ってくれるのは嬉しいけれど、新しいケーキ屋が出来る度にお母さんが険しい顔をしてパソコンと睨めっこしているのを見ているから、笑うだけに留めておく。
 すると、蛍くんの眉が片方だけ上がって。小さく溜息を吐き出してから、来たバスへと乗り込んでいった。

「ウチはなまえのとこのケーキ、家族で好きだけどね」
「えっ本当?」
「嘘言ってどうする訳?に……兄貴が帰ってきた時とか、喜んで食べてたし」
「蛍くんって、お兄さんいたの?」

 席に座りながら蛍くんを見ると、眉間に皺が寄っていて。何故か黙り込んだまま、何も答えてくれなかった。お兄さんいたんだ。全く知らなかった。

「……まぁ」
「そっかぁ。一人っこだから羨ましいよ」

 体を席に滑らせて縮こまる蛍くんを見ていたら、あんまり広げたくない話なのかもしれない。違う話題、探さなきゃ。

「私、バスに乗るのって試合観に行って以来。ちょっとワクワクしてきた!」
「それだけで?」
「う、うん!変、かな?」
「……別に。あ、なまえ」

 急に目の前に飛び出してきた蛍くんの腕に、何事かと思っていたら。次の瞬間にバスが撥ねて、体が前にのめり込んだ。
 前の席にぶつかる前に受け止めてくれたのは、蛍くんの長い腕で。咄嗟に出した両手が、必死になって蛍くんの制服を掴んでいた。

「ご、ごめ……」
「ここ、いつも跳ねるから。大丈夫?」

 吃驚し過ぎて、まだ心臓がドキドキ煩い。蛍くんの方を見たらいつもよりずっと近くに顔があって。バスって、こんな狭かったっけ。
 しかも、蛍くんの腕に掴まってしまっている状況に申し訳なくなってきた。もう少し距離を保たないと、この音が聞かれたらどうしよう。

「うわぁ!ごめんね!」
「だから、声が大きいってば」
「……っ!っ!」
「いや、口押さえる程じゃないけど」

 呆れた視線をくれる蛍くんに倣って、ゆっくりと体を起こす。バスの背もたれに触れた瞬間に口から手を離して「ごめん、ありがとう」と呟けば、少しだけ口の端を上げている顔が見えた。
 私は瞬時にさっきの、いつもより近くにいた時のことを思い出してしまって。バスの中で無口なまま過ごす羽目になった。



 蛍くんが何曲か視聴した後に、連れられるまま偵察と称して噂のケーキ屋さんまで足を伸ばす。平日の夕方だというのに、そこには長い列が出来ていた。
 どうしよう。こういう所で並ぶの、蛍くんはあまり得意じゃないかもしれない。今日は制服な所為か、目立ってしまうし。
 さっきからチラチラとこちらを伺う視線が、気になって仕方が無い。背も高くて整った顔をしている蛍くんは、女の子の注目を浴びている。
 だけど本人は慣れたものなのか、その事には気にしている様子が伺えない。どう切り出せばいいのか、私には分からなくなっていた。

「なに?」
「え!また私、変だった?」
「自覚があるだけマシかもね」
「うう、ごめんね?すごい行列だから、また今度にした方がいいのかなって思って」

 悩んでいた程の問題ではなかったみたい。蛍くんがさっさと思っていることを話すように仕向けてくれるから、私も楽に切り出せた。
 嫌味に取れなくもない言葉でも、蛍くんの優しさが感じられる様になっただけ、私と蛍くんの距離感は近くなったと思う。

「別にいいよ。なまえとこうして出かけられる機会ってそう無いだろうし」
「あ、え、そう……かな?」
「お互い多忙の身デショ」
「うん、蛍くんは部活頑張ってるもんね」
「だから。自分がやってる事はノーカウントにしなくていいんだってば」

 溜息と共に聞こえてきた口調は尖っているけれど、やっぱり優しさも感じる。自分のやっている事を認めてくれるという事実が、何より嬉しいから。

「へへ、蛍くんはやっぱり凄い」
「何気持ち悪い声出してんの?」
「わぁ!それは酷いかも」
「そう?せっかくのデートだしなまえが行きたい所にも行こうって話なんだけどね」

 止めみたいに綺麗に笑われては、何も言えなくなる。驚き過ぎて固まっている間に、楽しそうな蛍くんによってみるみる外堀を埋められていく気分。
 そういえば、今日は蛍くんが好きな音楽を一緒に聴けて良かったと思う。相手の好みを知りたいと思うのは、その相手が大事だからかなぁ。
 そう考えると、蛍くんがそう言ってくれるのは本当に貴いことの様な気持ちになる。

 私は恥ずかしくて目を逸らしたい衝動と戦いながら、蛍くんを見上げていた。顔が熱くなって、からかわれた事に対する上手い返しも思いつかないけれど。
 蛍くんが楽しそうにしてくれるならそれも悪いことじゃないのかな、なんて。そんな自分は、随分蛍くんに絆されていると自覚するばかりだった。



***続***

20140622

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