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包んでも溢れ出す


 7月の新商品は、七夕に標準を合わせたロールケーキと2層のメロンムースケーキ。ロールケーキの模様のシートは、天の川に見えるように私が作った。
 両端についた星を隔てる天の川の粉砂糖は、ビターチョコのグラサージュに良く映える。中を割るとさくらんぼの赤いクリームがドロリと顔を出す、シックなケーキだ。
 これをお父さんに提案した時の反応といえば、「なまえにしては珍しい色合い」だった。飾りでも色でも淡くて可愛い印象のものを選びがちな私がどうして、という事らしい。

(やっぱり、ケーキのことになると鋭いなぁ……)

 それでも、ずばり今の心境の変化と動揺を言い当てられた気がして父に怯えていたのも杞憂に終わってしまう位、ロールケーキの売れ行きは順調だった。
 リピーターさんからは苦味も酸味もあってクセになるとお墨付きで、新たなお客様も掴めたと思う。そう思いながら、トレイに載ったカット分のロールケーキを補充していく。

「はぁ……」
「あれ?なまえちゃんの溜息、ちょっと色っぽい!」
「え、ええ!?」
「あ、やっぱりいつものなまえちゃんだ!」

 クスクスと嬉しそうに笑うのは、土曜日にいつもバイトに入ってくれている大学生で。5つ上の優しいお姉さん。
 ここのケーキが大好きと言ってくれる人で、新作ケーキの味や製作過程まで把握してくれようとする、とっても真面目でイイ人。
 なんだけど、からかわれるのが玉に瑕、かな?

「元気ないね、何かあった?」
「いえ、そんな事は……」
「そういえば、最近ショートケーキ君来ないねー!」

 蛍くんのことを言われて、思わず制服の裾を握りしめてしまった。口もきゅっと固く結んで、表情に出ないよう努力する。
 そういうことを意識的にしていないと耐えられない程に、最近の私はおかしくなってしまった。蛍くんがデートとか何とか言うから!

「平日とかには、よく」
「そうなんだ!彼イケメンだよね!」
「そう、ですよね?」
「いっつもなまえちゃんに向かって注文するけどねぇ!」

 お客さんが来ないのをいいことにお喋りが止まらない。私も彼女の話を聞くのは大好きだし、色々学ぶ事も多いけど。
 蛍くんの話題だけは深く考えないようにしていたから、言葉がガンガン突き刺さる。

「そんなことは……」
「あれー?顔赤いよ?」
「や、ち、違います!」
「ふーん?」

 なおもニヤニヤと楽しそうに顔を覗き込んでくるお姉さんに、私の体が仰け反る。一歩後退した体は簡単に後ろの棚にぶつかった。
 あ、ラッピング用のピンクのリボン、新しいものを補充しなきゃ。

 蛍くんが今日ここに来るはずは無いから落ち着けと、息を整えながら自分に言い聞かせる。バレー部は遠征合宿で、東京まで行っているらしい。
 皆勉強を頑張っていたけど、日向くんと影山くんは一教科だけ駄目で後から行くんだって。とてつもない意地と執念を感じた。
 その合宿から帰ってきたら、デートしようって蛍くんは言ったけど。私をからかう為に言ったに違いない言葉は、思惑通り私の思考を停止させる。

「はぁ……」

 クラスの友達は女友達と遊びに行く時もデートって言ったりするし、本当にからかう意図もなくそんなものなのかも。
 前も呼び出された時、デートって勝手に思ってしまったし、特に深い意味はないのかもしれない。それはそれで、動揺し過ぎた自分が恥ずかしいけれど。

「なーんか、怪しい!さては恋ね!」
「……こっ?ち……っ!」
「なまえちゃんってば真っ赤。可愛い!」
「え、え、え?」

 お客様がいないとは言え、外からだって見えるし、ここはお店の顔とも言うべき大事なスペース。溜息なんかついている暇、ないのに。
 ぎゅーっと両手を頬に当てながら、数秒で反省を済ませた。ケーキのトレイを確認して、列が乱れていたものを直す。
 ひんやりと伝わってくる冷気に心地よさを感じながら、後ろ髪を引かれる思いで扉を閉めた。これって本当に恋なのかな?
 私は初めての感情と戦うあまり、クーラーの効いた店内で熱さを篭らせてしまって思考が支離滅裂だった。



 お風呂からあがっても寝つけずにベッドで考え込んでいると、携帯が鳴る。蛍くんからの着信を知らせるそれに飛び起きて、嬉しさに顔が弛んだ。
 あ、でも。変に緊張してしまいそう。

「は、は、はい!」
(……プッ!何畏まってんの?)
「っそ、そそ、そんな事ないけど?」
(そ、多過ぎじゃないの?)
「うう、ごめんなさい」

 意識し過ぎると、緊張しておかしなことになってしまう。電話越しにも分かる蛍くんの呆れた声に、難しく考える方がいけないと問題を一先ず放棄した。

(何かあったわけ?)
「え!」
(いつもと違うから)

 そう言われて、自分は蛍くんの声に変化を読み取れるだろうかと考えてみる。機械を通した蛍くんの声は、いつもとまた違って感じる。
 少しだけ掠れた声に、合宿の大変さを思った。

「合宿、大変?」
(楽しくはないね)
「うん、そっか」

 相変わらず、部活のことになるとシャットアウトされている様に感じる。でもそれは、私が余計なことを言い過ぎるからかもしれない。

(それよりさ、明後日は大丈夫?)
「うん。私は火曜日に手伝うことの方が多いから、月曜日は結構お休みが多いし」

 バイトさんを雇っているのは接客だけだから、仕込みがある定休日の火曜日には私も厨房に入ることが多い。でもこれはバイトとは言わないかな。
 勉強というか、修行?そんな格好良いものでもないけど。でもそれが結構重労働だったりするから、お母さんが意図的に月曜日はシフトに入れないでくれることが多い。

(そっか。じゃあまた)
「あ、あの……」
(おやすみ、なまえ)
「おやすみなさい。あの、明日も頑張ってね?」

 携帯越しに聞こえたふっと笑った蛍くんの吐息が、私の耳を触れることなく熱くさせる。返事の代わりに受け取って、そのままベッドに倒れこんだ。
 デートってどういう意味、なんて。聞きたいことは結局言えないままなんだ。



***続***

20140616


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